死亡診断書を書かぬ医者

[青森県 男性 教師 46歳]

イラスト  自分の家族の中から死者が出ると、何か他の人とは違った事を経験しているような錯覚に陥る。家族があれば、遅かれ、早かれ、順に経験する事なのだが、私の場合、家族縁戚関係を含めて28歳になるまで葬式を経験した事がなかった。従って、それまでの葬儀の経験は、すべて他人事であった。28歳迄家族に死者を出す事もなく過ごせたこと自体は幸せなことだが、その経験のなさで、祖母の死に際し、大いに慌ててしまった。祖母が亡くなったのは昼ごろ。様子が変だったので掛かり付けの医者に来て診てもらった。「ご冥福をお祈りします」とのこと。在宅のままでの老衰だったので、それなりに覚悟は出来ていたが、この瞬間を境にして、いよいよ戦場が始まる思いであった。さっそく死亡証明書を頂いて市役所へと思いきや「死亡証明書は出せません、警察に言って検死官に証明書を出して貰わなければならない」とのことであった。「なぜ?検死官とは殺人などの事故の時。そうでないのにどうして?」と思った。医者が言うには「1年間に何らかのことで診ていれば死亡証明書を出せるのだが、あいにく祖母は、元気であったのでこの1年は通院がなかったから駄目」との説明であった。「検死官」への思いが緊張を大きくした。
 さっそく警察に電話をし、手続きをとったが、検死官の都合で、直ぐ来れないとのこと。土・日にかかりそうになり祖母の死体を数日そのままにして置かねばならぬのかとの思いがしたが、運よく検死官が来て、諸手続きが間に合った。
 要するに、老人になりいつ死ぬかも知れない年令になれば、1年に1度は医者にかかっていた方が家族は慌てなくて済むということである。大抵の年寄なら医者にかかっているのが普通だが、祖母は自分の死に至るまで、私に「人に経験しない事を経験させてくれた」のだと、今では思っている。


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