1999.12
遺族から見た葬儀のニーズ

喪主のニーズを知るための作業マニュアル

  作業マニュアルは、どんな業界でも作られている。マニュアルには作業全体を指示するものと、「司会マニュアル」「顧客応対マニュアル」などの個別のマニュアルがある。いずれにしろ、作業手順を示して、それに従って作業をすれば、無駄なく、提供するサービスにも個人差が生じないというメリットがある。
  しかしマニュアルを作る場合に注意したいことは、単に作業の効率化だけでなく、顧客満足という面から作業を見直してみることが大切である。
  それぞれのプロセスでのベストなサービスは何であるかを考え、顧客の要求を満たすために見直すことが大切である。

 

マニュアル改善のプロセス

  改善のプロセスを4つのステップにまとめると次のようになる。
1.最も重要な作業が何かを特定する。主な業務プロセスの特定、優先順位づけを行う。
2.評判となっているサービスを実施している企業を調査し、そこで発見した業務方法を記録する。
3.自社の現行の方法と比べ、どのくらい優れているかを分析し、導入するメリットがあれば、現在の作業手順を訂正したうえで導人する。
4.行動計画を実行するとともに、顧客のニーズの変化に対応していくため、調査を続行し、引き続き業務の改善を行う。

 

喪主のニーズの調査

  喪家のニーズには、「葬儀を質素にしたい」という声があるが、なぜ質素にしたいかを調べ、その点を押さえていないと失敗する。
  葬儀を行う場合の要素として(1)予算 (2)世間並み (3)個性的があげられる。
  予算には、「安ければいい」という顧客と、「必要なら高くてもかまわない」という顧客がいるが、安くて世間並みの顧客が最も多いと考えられる。
  では世間並みというのは何か。世間が行っているやり方を取り入れて、安心したい。こうした世間体を重んじる喪家の背景には、葬儀にいくら費用を投じたかが表に現われることがある。
  近所の葬儀に参加した人が、今度は自分の家が喪家になった時、近所の人並みに祭壇を飾りたいという心理が働く。しかし参列者が減少すれば、世間並みという心理も薄れてくる。そうなると参列者のための葬儀から、親族のための葬儀に意識が変化する可能性がある。

 

喪家のニーズと会社のポリシー

  どんな商品も顧客のニーズがあってはじめて販売されるが、ニーズに応える商品がなければ、買わないか我慢して使うかのどちらかとなる。葬儀も商品と考え、どの部分がどのニーズに対応しているかを点検する必要がある。そのために以下のチエックポイントがあげられる。

□なぜ葬儀をするのか?
□誰が葬儀社を決定するか?
□葬儀をする前に喪家はどんな情報を必要としているか?
□顧客はどんな情報やアフターサービスを必要としているか?
□ライバル会社との違いは何か?
□顧客の購買行動を変える要因は何か?
□当社の知名度はどの程度か?
□自社の提供するサービスの独自性は何か?

 

打ち合わせで顧客のニーズを知る

  葬儀の打ち合わせ内容は、式場、式典などさまざまな要素から組み立てられている。遺族と行う葬儀の打ち合わせは、葬儀内容を決定する中でもっとも大切な部分である。この打ち合わせには二つの目的がある。
1.喪家側のニーズや喪家情報を確認する。
2.ニーズを聞いたうえで、葬儀社が提供出来るサービスを提示する。

 

故人情報

  故人情報には氏名、住所、電話、死亡年月日などの項目がある。次に故人がどんな葬儀を望んでいたかを確認する。葬儀内容を決定する要素には、故人の意思が最優先される。故人の意思が残されていない場合には、施主の意見となる。施主が葬儀に対する意見をもっていない場合であっても、葬儀社は故人の考えや施主の希望を引き出しながら進めることが大切である。

 

葬儀内容の決定

  どんな葬儀を行うのか?遺族から希望を聞きながら、それを実現するために具体的な事柄を提案していく。そして決定した場合には、あらためて確認しながら進めていく。なかには、「消費者のペースで計画すれば、結局はみすぼらしい葬儀になる」という意見もある。「葬儀の伝統を維持するためにも、作業をスムーズに進めるためにも専門家の指導で行うのがいい」という意見である。
  しかし、葬儀社主導で進めることで、潜在的な遺族のニーズがわからなくなり、それが葬儀社に対する遺族の不満を作っていることも事実である。
  葬儀業界への新規参入者は、必ずしもこれまでの伝統にこだわらないため、消費者のニーズに直接応える商品を提案してくることが考えられる。

 

サービス業かコンサルタント業か

  サービスとは奉仕ともいい、客の意思に従うことが本来の姿勢である。しかし、葬祭ディレクターは、その意味から言って、専門家として遺族に代って葬儀を指揮していく立場をとっている。もちろん客の要求を無視して、一方的に実施していくわけではない。
  葬祭ディレクターの立場は、顧客が求めているニーズを引出し、それを実施していくことで、それがこれからのプロといえる。しかし現状はそうではない。客の無知や時間的制約のため、専門家の立場から業者サイドで作業をすすめる方法が取られている。こうした方法はどの業界でも行われているが、今後どの業界においても買い手市場になるといわれる。そうしたことを考えると、客のニーズを引出し、それを商品化した企業が伸びていくのである。

 

式場の決定

  葬儀ではまず、式場と日程を決定しなければならない。式場は自宅、寺院、会館、貸ホールなどがある。そして葬儀社はそれぞれのメリット・デメリットと、自宅以外の式場の設備や料金を消費者に情報提供する必要がある。もちろん屋外などさまざまなロケーションに応じた対応が必要である。
  式場に対する遺族のニーズとしては、自宅から近いこと。設備が整っていること。費用が安いことなどがある。また式場にある付帯設備も選択条件となる。交通の便、駐車場の数、冷暖房の有無、インテリア、料理など。これを考えると、これまでの葬儀の条件とはまるで異なっている。
  これまで日本では祭壇、アメリカでは棺で利益を得ていた。しかしアメリカでは棺では儲けられない時代が来るように、日本では祭壇では儲けられない時代が来ると考えた方がいい。その時、葬儀に求められるものは祭壇のレンタルではなく、会葬者のもてなしを中心に置くことになる。現在ホテルで葬儀を行うニーズもこの点にある。

 

寺院の選択

  葬儀では僧侶・神官の役割は重要である。音楽葬や追悼式でない限り、僧侶を招いて読経をすることが普通である。その場合、檀家契約のある喪家なら問題がないが、そうでない場合には僧侶を紹介する必要がある。多くの場合、すでに先祖の宗教・宗派があるので、その宗教・宗派の寺院が紹介されることになる。その場合には、喪家が知りたいのは次の点だろう。
1.お布施(読経費用)の額
2.戒名料
3.それ以後のつきあい方(法要での布施)
などがある。
  葬儀社としては、寺院を紹介出来るが、正確なお布施の額までは教えられない。最近ではお布施や戒名に対する世論の不満が高まっているので、情報公開されるかもしれない。無宗教の場合の司式者のニーズも増えることが考えられる。

 

喪家のニーズから考える

[提案1]故人の希望した葬儀を行う

  葬儀は故人が希望した形であれば、どんな形の葬儀であっても文句は出ない。しかし実際として、故人が遺言などに葬儀プランを残しておくことは少ない。そこで、遺族から故人の「好きだったもの」を調べて、故人にふさわしい葬儀に作り上げることを提案したい。

●質問項目
□故人の好きだった曲(会場で流す) 
□故人の好きだった花(会場に飾る)
□故人の趣味(会場に展示する) □故人の好きだった服(死の旅立ちの衣装とする)

[提案2]通夜に葬儀をする

  例えば、東京では葬儀よりも通夜に会葬者が多いという。そこで通夜・葬儀式を一緒に行うのである。そして翌日は身内だけで出棺式のみを行う。これは葬儀社の立場ではなく、喪家の立場に立って考えたものである。
  かっては夜に葬儀をして出棺した時代があったことから考え、まんざらおかしいことではない。ただし出棺は火葬場の関係から昼間に行うのである。
  このメリットは、会葬者は夜出席すればすむし、翌日遺族は会葬者の相手をせずに、身内だけで遺体とお別れができることにある。

[提案3]葬儀の日に忌明け法要をする

  最近では葬儀の当日に初七日法要をすることは珍しくないが、東北の方では、葬儀の日に忌明法要まで行う所がある。忌明け法要まで行っても、料理を2 回出すと言うわけではないので、実質的には何も変わってはいない。現在三十五日や四十九日に親族が集まって、形見分けをしたり、遺産分割の話をしたりするるが、それも省略したいというニーズはある。
  何もかも簡素化されれば、それだけビジネスチャンスが減るが、段々先細りになっているしきたりを後生大事に守るだけが能ではない。
  忌明け法要ではなく、没後1年祭などという形で親族が集まり、無宗教的な追悼会を開くことも考えられる。ただし葬儀社が出る幕はないと考えるのではなく、積極的に企画していくこともできると思う。

[提案4]一人暮らしの人のための葬儀

  亡くなった人の近くに親族が住んでいない場合、たまたま遺体に関わった人は、立場上どんな葬儀をしたらよいかを決定しにくい。遺族に連絡しても、葬儀を「自分が取り仕切る」とはっきり言わない場合がある。今後そんなケースが増えるだろう。
  葬儀費用は故人の遺産から支払うことが出来るが、それがどれだけあり、誰が被相続人で、誰がそれを管理しているかはわからない。遺産のなかで葬儀費用をどれだけ使うかは、相続人全員の了承が必要であるため結論が出しにくい。そこでいきおい、葬儀が簡単になってしまう。
  老人ホームでは入居の際に家族からの依頼事項として、葬祭依頼の有無、葬祭方法や金額、業者を誰が手配するか等を前もって確認している。また葬祭費用もあらかじめホームに委託することもある。今後はこれを一人暮らしの人の場合にもあてはめ、前もって「葬儀依頼事項」として、親族などに残しておく必要があるだろう。また葬儀社も、ひとり暮らしの人のための「葬儀商品」を開発する必要があるだろう。

[提案5]事前設計

  事前設計にはあらかじめ葬儀費用を支払っておくものと、葬儀のプランだけをしておくものがある。すでに葬儀費用を支払っている場合には、信頼できる誰かに、金が払ってあることを伝えておく必要がある。遺族としては葬儀費用が支払ってあると知っていれば、それだけでも心強いものがある。
  事前設計だけの場合はどうか。あらかじめ葬儀社に設計書を手渡して、「亡くなったらこれで頼む」という人も少ないだろう。そこで最低でも、家族の一人に残しておく必要がある。しかし忘れてはならないのは、その費用である。葬儀社で見積りが取ってあればいいが、単なる思いつきでは、実際実施したときには思いがけない費用がかかることがある。従って事前設計をする人は、それに見合う費用を用意しておかなければ実施される保証はない。
  以上は依頼する側の立場であるので、これから増えてくる事前相談に葬儀社はどう対応するかが、腕の見せ所となる。

[提案6]ICカード

  現在、医療カルテをICカードに記憶させておき、どこの病院にかかっても、このカードを差し出せば、これまでの病歴がわかるので、あらためて血液型などの検査の手間が省ける。こうしたカードに、緊急連絡先や遺言の一部として自分の葬儀設計を記録しておくことは可能である。

[提案7]死亡通知

  死亡通知は親族と友人、会社関係などへする必要がある。これは親族にとって重要な作業のひとつである。生前に本人に通知先を聞いておくと、「迷惑がかかるから葬儀がすんでから通知しておいたらいい」という意見が多いかもしれない。しかし、故人からの指示がない場合には、わからないのでいろいろな所に知らせてしまう。そして葬儀に来てもらったことに恐縮してしまう。そこでやはり、あらかじめ本人に聞いておく必要があり、本人が死亡通知先を残さなかった場合には、連絡をもらした場合でも遺族に責任がないという風潮になるかも知れない。

[提案8]生前葬

  生前葬は、生きているうちに友人を招いてお別れの式典をするものである。年に何人かが行なっているが、伸びる様子はない。それもそのはず、本当に死んだら遺族の立場として、もう一度葬儀をしなければならないと考えるからである。そこで生前葬をする場合には、案内状に「生前葬ではあるが、家族には自分が死亡したときには葬儀をしないよう遺言してあるので、私の葬儀に出席出来るのは今しかない」と明記することが必要である。生前葬のニーズがあっても、本人は照れくさいために、実施するにはよほどの勇気がいるだろう。
  確かに病院にお見舞いに行く場合、意識がなくなってからでは遅すぎるし、本当に悪いときには相手や家族を疲れさせてしまうことがある。そういう意味では、「あと一年です」とがん告知されたら、「生前葬」を行うということも意味あることである。

[提案9]供花

  供花は葬儀に欠かせないのであるが、アメリカではこの供花を贈る代わりに、故人の名前で慈善のために寄付することが増えているという。日本では香典返しの代わりに、「公共施設に寄付しました」という形をとるケースがあるが、遺族側があらかじめ、お金はどこどこに寄付してほしいと依頼することがある。

[提案10]祭壇

  どうして祭壇が現在の形になったのかを知っている人は少ない。それは霊柩車でも同じである。祭壇の場合には、遺体を入れて運んだ輿(こし)を台の上に乗せ、そのまわりに野辺送りの道具であった四華花などを安置したものである。ところが現在では野辺の送りが交通事情の関係で廃れ、その道具が祭壇の飾りとして残されたのである。そう考えると、葬儀における「野辺送り」の重要性がわかりそうなものであるが、現在ではその宗教的意味合いはすっかり忘れられている。民俗学は宗教学ではないので、何をしていたかはわかるが、なぜしていたかはわからないのである。というわけで、宗教的意味が喪失している祭壇のニーズは本当はないかも知れない。それが自然志向、エコロジー志向の人々から花祭壇などが推薦されている理由となっている。
  キリスト教ではかって死者に花を捧げることを嫌っていた。なぜならそれは異教徒の習慣だったからである。最近では、キリスト教も寛大になって花を禁じてはいない。日本人は豊かな自然に恵まれた環境にあって、昔から自然崇拝の傾向が強い。そこでエコロジーの考え方には疑問なく従っている。そういう面で今後も自然志向の祭壇のニーズが出てくる。花もDNA操作によって枯れないものや、金色の菊などが出てくるかも知れない。

[提案11]香典返し

  香典返しを忌明け前後に行うことが面倒なため、当日の香典の返しが出来ないものかが取りざたされている。現在でも当日に香典返しを実施しているエリアはあるが、全国的な風習でははない。そこで忌明け返しの地域でも当日返しに移行する流れがおきているのである。ただし親族など香典額の多い先には改めて香典返しをするようであるが、それ以外は香典額にかかわらず当日一律の商品を返すというものである。
  遺族のニーズから考えると、面倒な香典先のリスト作成と、香典返しの商品選びの手間は避けられる。また香典を贈る方も香典返しを期待している訳ではないので、そんな抵抗はないだろう。(これは葬儀社のニーズでもあるかも知れない)

[提案12]料理

  料理は、通夜振るまいの料理と、葬儀後の初七日法要のあとに取る精進落しがある。東京では通夜料理が盛んであるが、それは死者と最後の夜を豪華に過ごした時代の名残りだろう。料理については、準備をしたり後片付けの面倒がなければ、特に反対する人はいない。

[提案13]納棺

  納棺の際に、死者は白の装束を着る。これは巡礼の装束であるが、旅先で死んだらそのまま埋葬してもらうために、死装束を来て巡礼をしたのがその由来である。本来の白の装束は無垢の赤ん坊として生まれ変わる象徴であり、額につける三角もこどもを示すもので、幽霊の印ではない。白の布で覆うのは儒教の習慣と思えるが、儒教のそれは日本の巡礼のように簡単なものではなく、完全に肉体を覆うものなのである。
  アメリカでは死者には豪華なスーツかドレスを着せる。それも着せやすくするために、外から見える部分だけで作られている。つまり死装束には背中の部分はないのである。日本にはさすがにそんな衣装は扱っていない。今日では生まれ変わりの信仰もないので、現在ではその人を偲ぶ衣装、つまり野球選手であればユニホームを着せて送ることがふさわしい。そういう関連からいえば、戒名も俗名でいいことになる。

[提案14]アフターサービス

  「釣った魚に餌をあげない」というのが人間の心理で、葬儀をした顧客であっても、アフターサービスをすることは大変である。もちろん仏壇や仏具、墓石などを販売している葬儀社であれば、販売に繋がるという意味から、アフターサービスは必要である。では遺族側から見て必要なアフターサービスには何があるか。
  故人と同居していた親族であれば、モノ、金、心の処理がある。モノは故人の使っていた、あるいは蓄えていたモノの処理である。書籍、衣装から、たんすなどの大物まである。金は預貯金、保険などの金にまつわる名義変更や相続などの手続きである。心は残された遺族の悲嘆である。大きく分けてこの3つの処置を、残された遺族は行っていかなければならないのである。
  この3つのサービスは有料か?無料であれば力が入らないが、有料にするだけの商品がないというのが実情である。

[提案15]散骨

  散骨は自分の墓のない人が、遺族に遺言していた場合に実施されることが多い。「散骨してほしい」という遺言がないのに、遺族が勝手に散骨をするケースは少ない。それが散骨を実施する人が少ない理由である。散骨を希望する人が増えても、その人たちはまだまだ健在なのである。
  アメリカでは葬儀をせずに、遺体を火葬したらそのまま散骨するケースが多い。日本では葬儀はきちんと執り行い、散骨はその後の話であるが、アメリカでは火葬と散骨がパックになっている商品もある。日本では火葬場は公営のところが多いので、そうしたパッケージ化は不可能か。また日本人は遺骨を大切にし、欧米人は遺体をモノとしか感じない。そんなところが散骨が欧米に比べて少ない理由のひとつである。

 

  以上喪家の立場からのニーズをみてきたが、どんな業界も顧客のニーズを発見しそれを商品化しているところが生き残るのである。(文責/若山)

 

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