1989.03
老化と死

  人は40才頃から老化の症状を認めるようになります。人の老化は、成人病になることでより促進されますが、健康な人でも生理的老化は避けられません。生理的老化は、一人ひとりの身体の全ての臓器・組織が変化し、この変化がさらに臓器・組織を構成するすべての細胞におこることが知られています。現在、細胞を中心に、生物学・基礎医学的領域で研究が進められているのも、こうした事実に基づいているのです。
  また生理的老化は、「徐々に進行していく臓器の機能の低下と、生体の内部を一定にしようとする働きの機能減退から起こります。今回のデス・ウオッチングでは、誰でもが辿る死の前段階である老化の特徴と、それに関連した病気を取りあげてみました。


高齢者の死亡原因

  1985年のわが国の65才以上の死亡順位は、@ガン、A心疾患、B脳血管疾患、C肺炎・気管支炎、D老衰、E高血圧性疾患、F腎炎、G不慮の事故、H肝硬変、I糖尿病の順となっています。

同年の65才〜79オまでの死因を性別で比較してみますと、男性が
@ガンが25%
A心疾患が20%
B脳血管疾患が18.9%
C肺炎・気管支炎が9.8%
D老衰が3.6%です。

女性では順位が違って、
@心疾患が22.7%
A脳血管疾患が22.7%
Bガンが17.6%
となっています。

また80才以上では、
@心疾患
A脳血管疾患
Bガン(女性は老衰)
となっています。

 

老化による変化

  身体に表われる老化の特徴は、細胞の数の減少によって臓器が萎縮し、それによって生理的な機能が低下することがあげられます。次に老人になると生じる特徴をあげてみました。

●予備力の低下

  身体機能には、日常生活に必要な能力と、運動やとっさの場合に発揮する能力があります。老人は日常生活での体力は保持していますが、走ったり、階段を上がったりするための予備の力がありません。

●防衛反応の低下

  危機に面したときに避ける動作や、病原菌の侵入にたいして、白血球の防衛反応や免疫反応が衰えてきます。したがって若年者が肺炎で死亡することは殆どありませんが、老人の感染症による死亡があまり減少していません。

●身長の減少

  老化によって身長が減ります。れは脊椎骨が扁平化し、脊椎板が萎縮するためです。さらに脊柱と、下肢骨の湾曲が原因です。老人の身長は青年期の身長と比較すると、約2%縮むといいます。
  この縮みは、男性よりも女性が大きく、原因は骨成分からカルシウムが減少するからです。

●組胞数の減少による変化

  体重の変化は、死亡率が増加する50〜70代にかけて始まり、それは主に骨格筋と肝臓・腎臓・副腎などの臓器の細胞数の減少によるものです。肝臓や骨格筋の細胞数は70代になると、20代にくらべて6割程度に減少するといわれています。脳細胞は20才時には約150億で、1日に約10万くらい減少し、60才時には15億ほど減少しているといわれます。

●夜間排尿数の増加

  老人の夜間排尿数は、加齢とともに増加し、男性がより顕著に現われます。男性では前立腺肥大によって膀胱に尿が残るため、膀胱の容量が減少してきます。また膀胱自体が萎縮し、軽度心不全による尿の量の増加などが原図になっています。

 

脳の老化と病気

  脳は成熟期を過ぎると、年を取るに従って萎縮し始めます。60才代と90才代の脳の重さの平均値を比較しますと、男性では減少率が4.8%、女性では6.7%の減少率がみられます。心臓以外の全ての臓器が減少を示し、肝臓は若年時の50%になることを考えれば、脳の減少卒は小さいといえます。
  脳の組織でみてみますと、神経細胞の脱落があり、成人の脳の約3分の1ほどになり、また細胞そのものも萎縮がみられます。脳の血管では、年令とともに動脈硬化が始まります。脳の重要な生理的変化では、脳循環の変化があります。脳循環は30〜40才代から徐々に減少し始め、脳血管の抵抗が増大します。脳循環は血圧と密接な関係があります。老化による脳の病気は、脳の血管障害によるものと、老化によるもの(変性性変化)があります。

●脳卒中

  老年者に多い病気で、脳の血液循環に障害が起きて、急激に神経脱落症状を示します。脳卒中の症状は、病気の起こった脳の部位によって違いますが、予後は69才以上になると悪くなるといわれています。再発は65才以上で、最小血圧110以上の人に起こりやすいとされています。また脳卒中の予後では、卒中発作1年以内に死亡する頻度は、60才代で18%、70〜74才で22%、75〜79才で46%、80才以上で80%となっています。
  脳卒中は、高血圧、栄養のバランス、過労、寒冷などの要因として起こります。老人において脳卒中は、致命率が高いのみではなく、地域における寝たきりと痴呆の最大の原因になっています。痴呆のうち、西洋では老年痴呆が多いのに対し、日本では脳血管障害によるものが多くみられます。

●くも膜下出血

  脳の表面は2重の薄い膜に覆われ、外膚がくも膜、内層の軟脳膜の間にくも膜下腔があります。脳動脈瘤の破裂などによって出血すると、くも膜下腔は髄液で満たされているため、出血は髄液全体に拡散します。この疾病は、全脳血管障害の8〜12%を占め、ピーークは55〜60才です。くも膜下出血は再発を起こしやすく、再発の死亡率の高さで知られています。

 

心血管系の老化と病気

  一般に大動脈には年令の影響が大きく現われます。いわゆる弾力性がなくなり、伸び切ったゴムのように、長さも円周も伸びたままです。また末梢の動脈、毛細血管などにも年令とともに変化が現われてきます。

●心臓の老化

  心臓から血液を送り出す量は年令とともに低下するといわれます。これには個人差があって、安静時にはそれほどわかりませんが、運動したあとなどの脈拍数の最大値は、若者で180まで増大できますが、60才代では、140が限度となります。

●高血圧

  高血圧症には、原因の明らかな2次性高血圧症と、原因不明の本態性高血圧症とがあります。本態性高血圧症は全体の7〜9割を占め、その原因は食塩摂取、肥満、自律神経等が関連するといわれています。
  高血圧の割合は、60才代で約3割、70才代で4割に達するといいます。この高血圧は、最大血圧が最小血圧に比較して過度に高い状態を指します。180/90の血圧値は老人に多く、140/100若年によくある数値です。こうした最大血圧が高くなっている原因は、血管壁の硬化と伸展性の欠如が原因です。

●狭心症と心筋梗塞

  狭心症は症状に胸痛や、胸部の圧迫感があります。狭心症は、運動、寒気、食事などで誘発されます。またニトログリセリンの舌下錠によって、発作をおさえることができます。

●心筋梗塞

  心筋梗塞は冠動脈の一部が閉塞して血が流れなくなり、心筋が急速に壊死に陥って起こる病気です。普通激しい沈痛、発汗、嘔吐などが表われ、30分以上続きます。ニトログリセリンは無効で、モルヒネの注射が使用されます。発作後24〜48時間が最も重要で、死亡はこの時間帯に集中します。老人では約1割に心筋梗塞が見られます。急性心筋梗塞の死亡率は60〜69才で33%、70〜79才で47%、80才以上で64%と年とともに死亡率が高くなります。

 

肺の老化と病気

  老年になると胸郭は脊椎の萎縮によって背曲がりが多くなり、75才以上の健康者100人の脊柱をX線で調べた結果、68%の人に湾曲がみとめられています。肺は外界とつながっており、外の刺激を受けやすい器官であるため、年をべることによる変化に加えて、大気汚染や喫煙などの外的要因が加味され、老人特有の疾患の頻度が高くなります。

●老人性肺炎

  老人の死因でもっとも多く、直接的な死因として3割を占め、解剖検査をしてみると5割から9割に肺炎が見られます。老人がいろいろな病気で死亡する場全でも、少なくとも3分の1が、肺炎が死因になっています。また老人の肺炎の9割が気管支肺炎です。老人の肺炎の特徴は、症状がないこと、急速に進展しやすいことがあげられます。
  その原因としては、分泌液、唾液、食物の誤飲が重要で、気道粘膜の萎縮、横隔膜の力が抜けることからたんや分泌物の排出が出来ないことがあります。
  症状としては、発熱、食欲不振、全身がだるいなどの症状を訴えるくらいで、急速に意識障害に陥ることもあります。

 

胃腸の老化と病気

  消化器は生きていくうえに、食物を消化吸収する大事な臓器であるため、もっとも老化しない部分です。しかし食道も収縮力が低下し、食道から胃に入る筋肉に障害が現われ、食物の胃への送入が遅れるようになります。また胃液、胆汁の分泌も低下し、消化機能も低下します。一般に高齢者になると、胃の運動が低下し、胃にはいった食物が長く停滞することがあります。

●胃潰瘍(かいよう)

  老年者は胃かいようでは、症状を訴えることが少なく、食物を食べても痛みを訴えないものが多くあります。その半面、吐血・下血がみられます。老人の胃の病気のうち、胃潰瘍は約4分の1です。潰瘍になる部分は、老人では食道に近い高位に多く、若年者に比較して潰瘍の大きさが大きい傾向にあります。

●腸閉塞

  腸閉塞は老人に多い病気で、特に一般壮年者と異なる点は、慢性便秘によるものが多いことです。ことに老人で、他の病気で長い間、闘病生活をしている場合に多く、絶えず便秘の予防が大切とされています。治療は、腸の運動をさかんにする注射をしたり、洗腸を行なったりしますが、外科的に病変部を切除したりする場合もあります。がんや全身衰弱が基盤にあることが少なくないので、老人の腸閉塞の予後はよくありません。

 

筋肉の老化

  高齢者ではまず、手足の筋肉が細くなります。これは老人性筋萎縮と呼ばれます。筋肉の萎縮の程度に比べ、筋力低下の程度は軽いのが普通です。筋力は20代で最大となり、50本位までは比較的保たれます。50才を過ぎると筋力も運動の早さも、明らかに低下してきます。一方持久力は65才位までは保たれます。

●リュウマチ性多発筋痛症

  50才以上、多くは65才以上にみられます。女性にやや多く、首から背、肩にかけてや、腰から上腿部にかけて、激しい痛みを訴えます。四肢の痛みを訴えても、関節には異常のないのが関節リュウマチと異なる点です。悪性腫瘍の末期には、筋肉がやせ衰えます。高齢者の筋力低下を見た場合には、その背後に悪性腫瘍がある場合がありますので注意が必要です。

 

歯の老化と病気

  日本における1人当たりの平均喪失歯数は、25才で1本、40才で2.7本、50才で7本、60才で15.5本、80才で25本と増えています。
  小児期の虫歯は噛む面から始まりますが、老人の場合、歯と歯の間の歯肉が下がっています。そこにかすがたまり歯の側面から虫歯が始まります。外側は何ともないのに、側面からおかされて、大きな空洞ができることがあります。

●歯周病(歯槽膿漏)

老人の歯周病は次のような特徴があります。

1. 老人は歯槽のうろうが多く、若い人は歯肉炎が多い。
2. 歯肉が萎縮していく。
3. 歯が減って、接する面が多くなり、歯に負担がかかりやすい。
4.ものが噛めなくなり、歯周病を悪化させる。

 

目の老化と病気

  目の屈折状態には、正視・近視・遠視・乱視があります。生れたばかりの子は遠視ですが、成長するにつれ正視か近視となり、老年になると正視が遠視になります。視力は低下していき、40オで1.0以上の人は、80才で0.6くらいに低下します。最も特徴的なものは老眼です。老年になると水晶体の中心部の水分が減少し、弾力性が低下し、毛様体の働きも鈍くなります。そして調節力が低下し、近くのものが見えにくくなります。

●老人性白内症

  新生児では無色の水晶体は、年をとるにつれ灰白調か黄褐色を帯び、透明度が減少して混濁が生じるのが白内障です。これは60才以上では6〜7割以上にみられ、80才以上では10割になります。症状には視力の低下のほか、片眼での複視等が起こります。白内障の手術は急速に進展し、最近では、超音波手術も行なわれています。

 

耳と鼻の老化

●老人性難聴

  聴力の低下は、30才代から始まります。10代の人間は20へルツから2万へルツまでの周波数の音を蘭き取りますが、日常会話の周波数帯は500〜2000へルツですので、老人になっても会話には困りません。老人が支障を来す原因は、言語の識別能力が支障された場合が多く、耳鳴りや聴力低下とは関係がありません。老人性難聴は、現在予防、治療とも不可能とされています。

●耳鳴り

  耳鳴りは60才代の男性で10%、女性で20%、70才代の男性では14%、女性で29%と、女性のほ
うが多くなっています。治療は多くありますが、いずれも決定的なものはなく、心理的な問題とからみあって困難なことが多いといわれています。

 

皮膚の変化

  老人の皮膚は萎縮し、角質層が強くなって、汗腺、皮脂線も萎縮してきます。このため汗の分泌は減り、皮膚は乾燥してかさかさした状態になります。また脂肪分が少なくなり皮膚につやがなくなります。皮脂線の萎縮は女性のほうに早くあらわれ、分泌の減少も女性のほうが顕著です。老人の特徴のしわは、皮膚組織の萎縮と、皮膚の深部にある脂肪の減少などで、皮膚の弾力性が低下するために起こります。また皮膚に色素が沈着しやすくなるので、皮膚が黒っぼくなり、しみができやすくなります。

 

内分泌腺の変化

●性腺

  こうがんは萎縮して、男性ホルモンの分泌が減少します。女性は卵巣が萎縮し女性ホルモンの分泌が減少します。性ホルモンの分泌の低下が老人の最も大きい内分泌の変化といえます。女性では閉経とともに、女性ホルモンの分泌が急激に減少するため、体内のホルモンのバランスが乱れ、いわゆる更年期障害が現われますが、男性の場全にははっきりせず、また現われたとしても女性に比べ、遅くなります。

 

病気の兆候

●けいれん

  老人では脳の血管障害によるものが多くみられます。また脳腫瘍の症状としてみられることもあります。

 

骨・関節の変化

●カルシュウムの減少

  老人の骨は、まずカルシウムが減少してくるため、骨がもろくなります。骨の萎縮とともに、肥厚も現われ、この両方が原因で骨の容積が減少してくる半面、筋肉などの付着する部分では骨が増殖するのがみられます。骨のカルシウムが減少して脆くなったものが、骨そしょう症で、この病気は女性が圧倒的に多く見られます。

●推間板の変化

  脊椎骨間の運動をスムーズにするために、椎間板という軟骨があります。この骨の水分が減少して、弾力を失って画くなり、脊椎骨どうしのかどが触れ合うため、突起が出てきます。変形性脊椎症と呼ばれるもので、老人に多く、脊椎骨を通っている神経を刺激して、痛みやしびれなどの原因となっています。
  また脊椎骨の一部がつぶれたりして、腰痛の原因になったりします。

●しびれ

  手足のしびれは老人がよく訴える症状で、未梢神経の病気あるいは末梢の循環障害で起こるものです。多くは高血圧、脳の循環障害が原因となります。両方の手足にしびれが起こるのは、高血圧、またいわゆる脳動脈硬化症等が多く、片方のしびれの場合には、脳の血管障害(脳梗塞、脳出血)によるのが普通とされています。
意識障害は脳の病気だけでなく、肺、肝臓、心臓の病気でも起こります。老人では高熱が出ただけでも起こる場合があります。長期に寝ていて、体内の水分が減少した場合に起こることもあります。

●息切れ

  息切れは肺の病気だけでなく、臓の病気でも現われます。老人が息切れを訴える場合には、心臓の病気か高血圧も考えられます。

●むくみ

  老人では心臓、腎にの病気以外でもむくみが起こります。食欲不振で、血液中のタンパクが不足した場合、また脳卒中では、麻痺のある側の手足、特に足にむくみが起こることがあります。

 

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