1987.11
古代ユダヤ

時の終りに蘇り、永遠の命を得る

ユダヤ教の聖典である「旧約聖書」は、神、天使、奇跡、予言など超自然の事柄の宝庫であるが、死後の世界の記載は少ない。予言の書によれば、「人は死後眠りにつくが、時の終りに蘇り、善人は永遠の生命を受け、悪人は常に恥と苦しみを受ける」と記録さ れている。この死後観はキリスト教にも引き継がれていった。しかし、ユダヤ人の底流には、セム族の習俗が残っている。

「創世記」によると、人は罪を犯したが故にエデンの園を追放され、額に汗して働き、ついには塵に帰る運命をもつようになった。死は罰であり、罪のあがないであった。命 は神が与え、死のときも神の定めによった。

人は最期の息を引き取るとき、シェキナー(神の臨在)のビジョンを見る。それからネフェシェ(生命、息)が身体を離れる。その状態を聖書は「銀の糸は切れ、黄金のランプは割れ、水がめは泉で砕け、滑車は井戸で壊れる。その時、塵はもとの土に戻り、生命はそれを下さった神に戻る」(伝道の書)と記述している。魂は3日間、死体のある墓をうろつき、やがて離れていく。

忌中は7日が基準ともっている

古代においては祖先崇拝が行なわれ、死者は祖先たちの墓に埋葬され、そして死者の魂は祖先のもとに帰り一体となった。また死者はシュオル(黄泉の国)で、薄暗い影のような幽霊として存在していた。律法により、また熱い気候のため遺体は布に包まれ、24時間以内に埋葬された。火葬は罪人に対する刑罰として行なわれ、ヒンノムの谷には、罪人と動物の死体を焼き尽くす炎が絶えなかったと記録されている。遺体は友人たちによって担がれ、詩編の句を唱えながら墓に運ばれた。かっては、泣き女、楽士が葬儀には付き物だった。忌中は7日間が基準で、昔は荒布を体に巻いて断食し、胸を叩いたり、灰のなかに座ったり、灰をかぶったりして、悲しみを表現した。

「ヨセフは父の死の為に7日間、葬儀を行なった」(創世記50、10)現在では黒の喪服 を肴、家に留まって「ヨブの書」を読み、弔いの客を迎えて忌中の期間を過ごすのである。また1年間は服喪期間として、音楽や娯楽を遠ざける風習がある。

(吉野)

 

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