何があったのか、中一だった私には知らされなかった。でも子供なりに察していた。母の兄弟達が遺産分けでケンカになったのだ。ある日曜日の朝、電話が鳴った。私はまだ寝ていたが、誰も出ないので受話器を取った。眠くて声がガラガラだった。
「はい、小林です」
「もしもし、春子じゃないな」
母方の伯父からだった。
「うん、違うよ。今出かけてるみたい」
「声色出したってだめだぞ」
「え?」
「声色出したってだめだって言ってるんだ。今から行くからな」
そう言って電話は切れた。何故来るかは想像がついたが、伯父の口のきき方に私はしばらく茫然としてしまった。まるで私を憎んでいるみたいだ。母と声が似ているのは仕方ないのに、何が気に障ったのだろう。つい何年か前まで、ひざにだっこしてくれ、にっこり笑っていた伯父なのに。
小一時間もして伯父と、その長男がやって来た。両親はまだ帰っていなかったので、応接間に通してお茶を出した。中学生なのだからこのくらいのことをしなければと思ったのだ。
「お茶を出してくれるのか。へえ、ごきげんとりか。春子に言われたのか」。にこりともしないで伯父が言った。私はそんなつもりじゃないと言おうとしたが、悲しくて言葉にならなかった。大人の話の内容はわからないが、もう楽しい日々はやってこないと確信した。大人のきたない面を初めて見た。その伯父も3年前死んだが、お葬式には母も行かなかった。私も、お金のために人間が変わることがあるのだろうか。