焼香の不手際

[兵庫県 男性 会社員 65歳]

イラスト  昨年2月中旬に、異母兄が亡くなった。約6ヶ月の闘病生活だったが、力尽き、屍となって寺院へ搬送されて帰った。
 私は四男で鶴巻家の末弟だった。報に接して、通夜の席に駈けつけた時には、長兄と次兄は既に到着していた。異母兄といっても、私達は幼い時から一緒に暮らしてきたので、異母兄というよりは、真の兄弟と思っていた。通夜を終えて、一時帰宅した私は、翌日の葬儀の時刻より数時間早く出席し、種々の手伝いをした。親類の供花のお世話やら、連絡していた私の会社の人との対応など、慌だしい時間を過ごした。午前10時から読経が始まり、葬儀が開始された。
 式次第で焼香が始まった。次々と焼香を終える親族の姿を眺めながら、いつ迄も、自分の名が読みあげられないことに訝かしさを覚えた。私よりも血縁の薄い人たちも、殆どが終っていた。そして、私の名は遂に読み上げられなかった。私は、会社の上司や同僚の手前、じっと座っていられない気持ちだった。焼香は既に一般の人々に移っていた。
 私は、とうとう自分の名が洩れていることに気付いて、気まずい思いで焼香に立った。並みいる親族も当惑したように、私の姿をみていた。私は焼香を終えて、会社の人達の居る境内へ降りて行った。そして、弁明するように言った。「私が留め焼香をすることになっていたのだが、係が焼香順の帳面に記入するのを忘れていたようだ」私は、私の名を帳面に記さなかった遺族の誰かに、怒りを覚えていた。故人の弟である私の存在を忘れられたことに対する憤りだった。私はそのまま火葬場へ行く車にも乗らず、家へ帰った。
 翌日喪主である甥から詫びの電話があったが、何か釈然としなかった。その思いは未だ続いている。焼香順の大切なことや、葬儀に対する周囲の気配りの重要なこと等、私には厭なことだが、いい経験になったと思っている。


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