一杯のあついお茶

[男性 52歳]

イラスト  会社の同僚の父親が亡くなったというので、その通夜に出かけた。
 寒さの厳しい冬の夕方で、駅からかなり離れた所にある公営の斎場に着いた時には、体がすっかり冷え込んでしまった。亡くなったのが、退職してかなり長い間たった80歳すぎの方だったせいか、弔問に来る人が案外少なく、ひっそりとした通夜だった。
 焼香を終えて、知人と一緒に帰るころには、雨もぱらぱら降ってきて、「この分だと、今夜は雪になりそうだね」と話ながら駅の方まで歩いた。歩いているうちに、さらに体が冷えてきたので、駅の近くにそば屋を見つけたときは、ほっとした。温かいそばをすすると、やっと体があたたまり、生き返ったような気がした。
 知人と私は、どちらからともなく、「あの齋場で、あついお茶の一杯でもご馳走になりたかったね」と話し始めた。急に父親が亡くなったので、いろいろな用事に追われ、細かいところまで気がつかなかったのだろう。しかし、もしも遺族が気がつかなかったとしても、葬儀一式をまかされた葬儀社の方で、なぜもう少し気をきかすことができなかったのだろうか、と思った。
 弔問する人はそんなに多い訳ではなかった。あつい湯をポットに入れ、お茶と湯のみだけ用意すれば足りることである。そのぐらいの手間と費用は、しれたものである。たったそれだけの小さな心遣いでも、この寒い日にわざわざ来てくれた人たちに、どれだけ温かいお礼の気持ちを伝えられることか。
 「おれたちの時には、どんな質素な葬儀であっても、あついお茶の一杯ぐらいは出そうな」と、そばのおつゆを飲みながら、知人と話し合った。


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