親友の中島君が急死したのは、ことしの2月上句のことだった。その3日程前に彼を訪ね、囲碁を打ったとき元気だっただけに寝耳に水の思いであった。この人はいわゆる独居老人であったが70歳前であり、近所に弟さん夫婦も住んでいたので、めったなことはあるまいと思ていたのに−−−−。
死因は心臓麻痺であった。永年の碁仇であり、酒友であった彼の死顔を見て、私は暗涙にむせんだものである。弔慰を述ベ、あれこれとお手伝いをしている内、この前碁を打っていたとき、中島君が「風呂の帰りにマフラーを落した」と、こぼしたので、「福引でもらった使わなのがあるから上げよう」と、約束したのを思い出した。
すぐに取りに行き戻ってくると、丁度納棺するところであった。そこで弟さんに「このマフラーは、兄さんに上げると言っていたものだが、棺の中へ入れて下さい。」と言うと、弟さんはとても感激され、「あなたのお気持を、仏もどんなにかよろこぶことでしょう。いいお友達を持って、兄は倖せ者でした」と、私の手をとって、ポロポロと涙を流した。そして、遺体の首にくだんのマフラーを巻き、私に何度も何度も「ありがとうがざいました」と、頭を下げた。
ちょっとした心づかいが、こんなに遺族の心を慰めることが出来たと思うと、私もうれしい思いがすると共に、また新たな涙がわいて来た。あのマフラーを首に巻いて、中島君は暖かく天国へ旅立っていったであろうか。合掌。