祖母に父母、それに私以下5人の弟や妹がいる良家の跡取り息子のところへ嫁にきた義姉は、農閑期には近くの鉄工所へパートに行って家計を助けるという働き者であった。その義姉を病魔がずたずたに切り裂いたのは、私を始め弟や妹達のほとんどを独立させたり嫁に行かせたばかりの頃だった。これから少しは楽な暮らしができそうだという時のそれは哀憐きわまりない死であった。
葬儀屋さんが組んでいってくれた祭壇の前で兄弟親族悲しみにくれていると、もう長い間、病の床についていた祖母が私を呼んでいるというので、別棟の祖母の病室をのぞいた。祖母は蒲団の上に身をおこし、袋から一枚また一枚と大事そうにお札を取り出し、押し戴いては、右、左と2つに分けていた。
「お札を2つに分けて、どうするつもりだろう」と、不思議に思いつつ、「何の用?」と、祖母の前に座って声をかけた。すると祖母は、「頼みたいことがある。直接、兄に言うのがほんとじゃが可哀想で言えん。ここにわしが若い項から札所を巡拝して迎えてきたお札がある。わしが死んだ時、冥途のお守りに持っていこうとためといたものじゃ。今それを半分に分けた。それを先立った嫁に持たせたってくれ。ちっとはあの世で幸せに暮らせるかも知れん。嫁はまだ若いでお札なぞ一枚も用意しとらんじゃろう」と、目を真赤にしてお札をさし出した。見ると、そのお札はどれも古くて黄色く変色したものばかりだった。祖母が一生懸命歩いて巡拝した信心と汗のお札−−。大事にしてきた、しかも死期が近づいている祖母にとっては今一番必要なお札−−。と思った時、私は「わ、わかった婆様。ありがとうな」と思わず祖母に全掌しお札を受け取っていた。兄に伝えると兄は鳴咽して棺をあけ、お札を妻の頭陀袋に入れたのだった。