よい葬式の出せる家

[神奈川県 男性 映画制作 61歳]

イラスト  ようやく手に入れた家は中古住宅だが、南に向かって廊下があって、広くはないが庭もある。その庭に立って家を眺めると、この家は、葬式が出しやすい家だなあと思う。廊下に面した座敷の障子を取り払えば庭から焼香ができるからだ。そうした葬式ができないと面倒が起きる事になる。
 親戚に不幸があった時の事だ。家は大きいのだが、今時の家の作りだから庭から焼香という訳にはいかない。玄関で靴を脱いで、上がって貫う事になる。その為に玄関は靴が散乱し、その内に靴を間違えて履いていってしまった人が現われた。靴を間違えられた人は帰るに帰られず、玄関でうろうろする事になった。たまたま玄関にいた私は、散乱する靴の持ち主を確認して、ようやく誰の靴でもない靴を見付けだしたが、靴を見ただけでは間違えた人を割り出す事はできない。しかもその靴は小さく間違えられた人の足が入らない。とすると、靴を間違えた人は大きながばがばの靴を履いて帰った事になる。どうして気付かなかったのかなぞである。靴を間違えられた人は遠方からこられたので下駄を履いて帰ってくれという訳にもいかない。万事休したがその人は私と背格好が似ている。私の靴はおろしたての新品、履いてみて貰うと、ぴったりと合ったので、私の靴でお帰りを願った。そのおかげで私は喪服に下駄といった珍妙な格好で電車に乗る羽目になってしまった。
 庭に立って、その時の事を思い出すと笑いがこみ上げてくる。私が庭で笑っているのを息子が見てけげんな顔をした。この家で葬式を出すとすると、私自身の葬式だろうと思いながらも、なにやら愉快に思えるから不思議である。「この家は庭から焼香ができるから玄関で靴を間違える事はないだろう」と私が笑いながら言うと、息子は、「よい家は人を呼び、よい葬式がだせる」とテレビコマーシャルのように言った。


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