1997.07 |
事故が発生したらまず被害者の自宅に、警察や救急隊から電話で、「家族に○○さんという人がいますか。どこどこの交差点で交通事故にあい、現在近くの△△病院にいますので、すぐ来てください」などと連絡が入る。この時点で電話を受けた人は、大変にショックを受け、どこの病院であったか確認することも忘れることがある。文字通り、取るものも取らずに家を出ることになる。
交通事故を起こしたら、加害者の心は動転し、一瞬どうしたらよいか分からなくなる。しかし、その一瞬の事故後の処置をあやまると、自分の立場をさらに悪くすることになる。運転手は、事故の被害を出来るだけ少なくするために、最善の処置をしなければならない。
事故を起こしたら、すぐに車を停める。道路交通法では、道路の左側に停めることになっている。停車したら、現場に行き、被害者や被害状況を確認する。
運転手は、被害者が負傷していたら、ただちに救護にあたる。被害者が重傷の場合は、すぐに救急車を呼ぶ。また、被害者がほかの車にひかれないように、路上に放置せず、安全な場所まで運ぶ。
対物事故などによっては、車の部品やガラスが路上に散乱して交通のさまたげになることがある。そこで被害者の救護義務をつくしたら、路上に散乱した危険物を取除く。
被害者の救護、路上での危険防止の措置を終えたら、次に警察署(派出所、駐在所)に事故の報告をしなければならない。
(1)事故発生の日時、場所
(2)死亡者または負傷者の数、負傷の程度
(3)損壊物およぴ損壊の程度
(4)事故についてどんな措置を講じたかの4点。
後日損害賠償の請求を受けたときにそなえ、現場の証拠はなるべく集めておく。まず、被害者の住所、氏名、相手が自動車のときは車両番号、強制保険会社名、保険証明書番号、加入年月日。
被害の程度や過失の有無、相手のいい分などもメモすれば、後日の証拠になる。現場に目撃証人がいれば、住所、氏名を聞いておく。
事故を起こした運転者は、道路交通法上の義務として、車を停めて被害状況を確認する、被害者を救護する、路上における危険防止の借置をとる、警察へ報告するなどがある。したがってこれらの措置を怠った運転者は、道路交通法違反として、次の刑罰を受ける。
停車、被害状況の確認、被害者の救護については、道路交通法72条1項前段に定められ、これに違反すると3年以下の懲役または10万円以下の罰金に処せられる(道交法27条)。警察への報告義務は72条1項後段に規定されており、これに違反した場合は3月以下の懲役または3万円以下の罰金である。
交通事故をおこしたら、損害賠償の問題が発生する。損害賠償の解決は、示談による解決が多い。これを有利に運ぶには、事故発生の時から被害者に対して誠意を尽くしておかねばならない。
被害者が負傷の場合には、病院に被害者を見舞い、入院費も負担するなどの誠意を見せる。死亡した場合には、遺族にはっきりと謝罪し、見舞金を渡したり、お通夜や葬式に参列する。
交通事故で加害者に過失があった場合には、懲役、禁錮、罰金の罰則を受ける。刑罰の基準は、傷害の程度と過失の程度である。死亡事故でも加害者の過失がない場合は罰金刑ですむが、軽い傷害事故でも悪質な交通違反がからんでいる場合は実刑になる。
無免許、飲酒、信号無視、過度の速度違反などの重大な過失では、刑はきびしくなる。また、被害者側に過失があれば、加害者の刑事責任は割り引かれる。過去の例では、死亡事故の場合、加害者の過失が軽いときには禁固6カ月ぐらい。中くらいの過失で禁固1年、過失の重い場合は禁固1年半から3年である。刑法では「5年以下の懲役もしくは禁固または5万円以下の罰金」と規定している。
刑の執行は、懲役、禁固、拘留などの自由刑と、罰金、科料などの財産刑とがある。交通事故で自由刑を処せられるときは、「5年以下の懲役または禁固」である。
事故後、被害者には裁判の連絡が来ないため、被告がどんな刑罰を受けたかがわからない。それを知るにはあらかじめ、届けを出さないといけない。裁判後に知る方法としては裁判記録の閲覧を申請する。
事件の処理、裁判の経過については、送検も、起訴・不起訴も、保釈も、公判の期日も、警察や検察庁から遺族のところに情報が提供されない。当然連絡があるものと思っている遺族は、そのために不安と混乱がますます大きくなる。
そこで、被害者や遺族は刑法211条(業務上過失・重過失致死傷)で加害者を告訴する。そうすれば、初めて検察の処分が決まったときには、被害者や遺族に連絡がある。
自動車事故が起きたらまず救命措置が最優先される。そのあと警察による事故原因の調査と、被害者からの損害賠償の手続きが行われる。
事故発生後、警察による現場検証が行われる。このとき警察官は「実況見分調書」を作成する。この「実況見分調書」が、のちに事故の過失割合の資料となる。
交通事故死の場合、警察官はその遺族に遺族調書を取る。遺族調書は、被害者の事故当時の行動目的(なぜ現場にいたか)、家庭環境、入っている保険などを調べる。この調査は、事故原因が犯罪や自殺に関係がないかを確認する意味があり、遺族は、不愉快な感じを受ける。遺族調書の作成が終わると、その後は警察からの連絡はないので、加害者のその後の処分については知らされない。
被害者は、自動車事故を起こした加害者に、損害賠償を請求する。自動車事故で損害賠償義務を負うのは、加害車両の運転者やその運転者の雇主、加害車両の所有者などがある。
●調査項目
□加害車の氏名・住所
□加害車両の登録番号や所有者の氏名・住所
□運転者と所有者との関係
□当日の運行目的
□自賠責保険や任意保険の保険会社、契約者名、契約番号、契約内容
*加害車両の所有者や保険内容等を確かめるために、車検証(自動車検査証)や自賠責保険書(自動車損害賠償責任保険証明書)の提示を求める。
被害者が自動車保険に加入している場合は、その契約保険会社や代理店に事故通知(事故発生の日時、場所、事故の概要)をする。
交通事故による死亡の場合は、医師による検視が行われる。またひき逃げなど死亡原因が不明な場合は、司法解剖が行われる。解剖が終わると遺族は遺体検案書とともに遺体を受け取る。病院からの遺体移送は葬儀社に依頼することが多い。
交通事故のあと、病院で治療したあと死亡した場合も、医師による検視がおこなわれる。病院での治療費はのちに損害賠償の対象になるので、費用明細や領収書を保存しておく。
普通加害者は、被害者が生きている間は毎日病院に見舞に行き、死亡したら自宅に詫びに行くことがなされている。加害者も、親族の悲しみと怒りに耐えることは大変であるが、これがきちんと出来ないと、あとの補償問題がスムーズに行かない。
加害者が病院に見舞に行く場合には、会社の上司や父親などに付き添われる事が多い。ただし加害者の性格にもいろいろあり、大変に申しわけないとして謝罪する者から、何もいわずに黙っている者までさまざまである。
また被害者側が、おわびに来た加害者側に対して無視したような態度をとっても、加害者側として、「どうしたら誠意を示したことになるのだ」と怒りを表わすことは絶対によくない。
家族の1人が死亡、1人が重傷を負った場合には、その身内の者は家の葬儀と、病院での付き添いとの往復を強いられる。また仕事に復帰後は、病院で消灯時間まで付き添い、自宅には寝に帰るだけの毎日となる。
遺族は、加害者を殺したいほど憎いと思う一方、加害者にどう対応したらよいかわからない。謝ってもらっても、恨みが解消しないのである。しかし姿を見せなくなると、加害者に対してさらに憎しみがつのることになる。
「線香をあげたいといったが、家には上げなかった」
「裁判所に証人で行って被告の顔を見たとき、思わず頭に血がのぼって、半殺しにしてやりたいと思いました。」(86頁)
「悲しみは無理にもこらえることが出来るが、怒りを抑えることは出来ません」(86頁)
加害者の親が持ってきた見舞金を突き返し、見舞の菓子はゴミ箱に捨てた。(134頁)
以上は、佐藤光房『遺された親たち』に記された遺族の加害者に対する感情である。
自賠責保険は、正しくは「自動車損害賠償責任保険」という。自動車の保有者が強制的に加入させられるところから「強制保険」ともよばれている。自動車損害賠償保障法は、被害者の救済を第一の目的としており、その3条に、被害者が加害者から損害賠償を取りやすいようにするとともに、すべての自動車が保険加入を義務づけている。この保険に入っていれば、死亡事故では2,500万円までは支払らわれる。
自賠責保険は他の損害保険と違い、「被害者請求」を認めている。つまり、交通事故で死んだりケガをしたときは、被害者側が直接加害者の加入している自賠責保険の請求をしてよいことになっている。これにより、示談が長びいて賠償金が取れないときには、この被害者請求をすることができる。ただし被害者が請求しても、損害額の査定に手間がかかり、実際に入金するまでに日数がかかる。そこで当座の金が必要な場合には「仮渡金」という制度がある。仮渡金は被害者が請求するとその日のうちに支払いが行われる。
ご存じのように、自動車保険には強制保険とは別に任意保険がある。強制保険が人身事故の損害賠償だけを対象としているのに対し、任意保険は、物件事故の賠償や運転者自身の傷害、車両の損害をてん補する保険がある。また、強制保険だけでは損害賠償をまかないきれない場合に、それをてん補する意味がある。強制保険では死亡で2,500万円、負傷で120万円以上は払われないため、死亡事故なら5,000万円の請求が普通である現在では、任意保険が大きな役割を担っている。
交通事故は、一瞬にして家族の一員の命を奪ってしまうが、それでも遺族には、葬儀、その後の手続きが待ち受けており、それに忙殺される。しかし、悲しみの真っただ中にあっては、自分が何をしたらよいのか分からないし、また「これからどうなってもいい」というような自暴自棄の気持になる。それでも、社会的義務を一つずつこなしていかなければならない。それは、かなりきつい作業である。
・葬儀を手伝ってもらった人たちへのお礼。
・交通事故を目撃して、救急車に連絡してくれた人へのお礼。
・病院関係者へのお礼など。
「交通事故の事故現場は、一年間通ることができませんでした」というように、遺族の悲嘆は何年も継続する。アメリカの「飲酒運転に反対する人々の会 (ADD)」では、飲酒運転の撲滅や交通事故の遺族のために積極的な活動をしているが、そのなかで、遺族が抱える問題を指摘している。
・遺族が苦境にたっているというのに、共同体や警察は無関心にふるまっているようにみえる。
・犠牲者を守れなかった自分に罪の意識を感じる。
・交通事故で死亡させた加害者の罪が軽すぎる。
・マスコミの報道は大げさで不正確である。
・警察や裁判所が十分な仕事をしてくれなかったり、問い合わせに答えてくれない場合、探偵などを雇う経済的負担。
・酔っぱらい運転に対する寛大な判決に対する怒り。
・裁判で加害者がどう処分されたかわからないことへの不満。
・犠牲者を最後に見た時の思い出。
・治療費や葬式費用、プロのカウンセラーにかかる経済的負担。
・加害者には法的な保護があるのに、犠牲者の家族には与えられていない不満。
・職場や家庭、学校で作業能力の低下。
・緊張が家庭内にもたらされ、離婚などの原因となる。
これらは日本にも共通する点として取り上げた。日本では探偵を雇うことは少ないが、弁護士を雇い、そこで加害者や自分たち被害者が置かれた立場、法律の不備な点を体験することが多い。
悲嘆の段階はしばしば以下のサイクルを経るという。アメリカでは悲嘆のプロセスについての研究が盛んであるが、これはADD(飲酒運転に抗議する人たち)の資料に基づいている。
1.ショックと麻痺が続く(最初の2週間)疑い、否定、怒り、罪意識。
態度:泣く、ため息、食欲減退、不眠、力が入らない、集中力や決断力の欠如、感情の爆発。
2.探索と熱望(2週目から4カ月)
感情:憂うつ、怒り、罪意識、絶望感、自己疑惑、刺激に敏感、絶望、無関心。
態度:不安、いら立ち、記憶力と集中力の欠如、社会からの隔離、泣く、怒り。刺激に敏感になる。
3.方向感覚の喪失(4カ月から7カ月)
感情:憂うつ、罪意識、混乱、長い悲嘆は病気であると考える。
医者の指示や、他人と一緒にいることへの抵抗。不安、短気。体重の損失あるいは増加。 犠牲者は、何も起きなかったようにふるまおうとするが、それは一時的な解決にすぎない。
4.再組織化に向かう(18カ月から24カ月)
感情:解放の感覚、もう死に支配されず、望みと楽天主義による再スタートをする。
エネルギーの回復、安定した睡眠と食習慣、将来に興味をもつ。
この4つの段階は、事件の起こった日にピークとなる。専門家の間では、悲嘆の順序は不連続で、重なったり、再び以前の段階に戻ったりなどの変化がある。誰もが同じ反応をしない。しかし、個々の段階を解決するためには、強くその段階を経験しなくてはならない。 深い悲しみは健全であり、回復だけでなく、成長と健康な変化に導くべきであると述べている。「資料: People of Against Drunk Driving (ADD)より」
日本人は慰めるのが下手である。それは悲しみに耐えることが美徳であるという伝統が今日まで続き、取り乱したりすることははずかしいという価値観が残っているからである。
そのため、「辛いでしょうが、頑張ってください」という慰め言葉となり、また何か月も悲しんでいると、「自分は異常ではないか」と思い、人から「いつまでも悲しんでいても仕方がないではないか」という叱責に似た言葉を受けることになる。しかし、現在の研究では、悲しみを抑えると、一生の心の傷として残るため、激しく怒ったり、泣いたりしたほうが、心が早く回復するというように言われている。しかし、これにも個人差があるのは言うまでもない。次は『遺された親たち』から、慰めの反応をとりあげた。
周囲から、「いまはさぞ辛く悲しいだろうが、残された子供のためにも、なんとかして耐えなさい。心の傷は、歳月がいつかかならず癒してくれますから…」と必ず慰めの言葉を受ける。
「職場では明るく振る舞おう、同僚に笑顔を見せようと気を配り、そのため精神的にとても疲れました」
アメリカでは「私は大丈夫、がんばるから」というと、「なぜがんばる必要があるの?あなたの涙はまだ悲しみが癒えていない証拠。もっともっと怒り、泣きたいときは泣きなさい」といってくれた。(2巻63頁)
強烈な悲しみが襲ってきたのは、人間の死にともなうさまざまに煩雑な手続きが終わって、日常にもどってきてからだ。(53頁)
公務員の忌引は7日間であるが、子の場合には5日間である。この間に手続きや心の整理をすませなければならない。しかし交通事故にあった家庭では、一週間そこらでは、仕事場に戻っても仕事が手につかないという。ただし、無理にでも仕事に打ち込み、そこで悲しみを少しでも忘れるという方法もある。その時に「仕事をしていなかったら、完全にアルコールに逃避して中毒になっていただろう」と語る人もいる。
被害者は家族を失った悲しみだけでなく、その事件以後、遺族をとりまく共同体とのつながりが、ちょっとした誤解から拡大され、さらに悲劇の傷口を広げるということも珍しくない。たとえば、宗教団体から電話を受けたり、事故の原因を因縁説で説明し、それが、話題の流れを変えたり、近所の人が好奇な目でみたり、心のこもっていない励ましを受けたりで、遺族のなかには転居する人も少なくない。
事故のあと、遺族のなかにはそれをきっかけに離婚するケースもある。特に子供が事故で死亡した場合には、事故原因を一方の責任にすることによって関係が険悪となる。「母親が毎日のように泣いているが、夫はなんで普通の顔をしていられるのだろう。なぜ一緒に泣いてくれないのだろうと不満が募り、夫から気持ちが離れていくばかりでした。」『遺された親たち』
事故直後の遺族はショックで狂乱状態に陥り、保険会社が加害者の代わりに出て行っても、まず話し合える状態にはない。そこで、日までは保険会社は顔を出さず、遺族が多少なりとも落ち着きを取り戻すのを待つ。その間は、加害者自身が遺族を弔問して、誠意を示すのが通常のやり方であるという。
平成6年中に全国の地方裁判所で既済となった交通訴訟事件は6,306件、そのうち、2,538件(40.2%)は判決、3,349件(53.1%)は和解である。地方裁判所での交通訴訟事件は、56%が事件を受理してから1年以内に終了している。
人身事故による損害賠償請求を死亡と負傷に分け、その総支払額別事件数をみると、死亡事故の場合は1,000万円を超えるものが80.0%を占め、負傷事故の場合は300万円までのものが80.7%を占めている。(「交通安全白書」平成8年)