1997.06
災害マニュアル

  いつやってくるかわからない災害に対して、マニュアルを作成しておくことは大切であることは誰もがよく良く知っている。しかし、実際に準備してあるところは少ないし、またマニュアルが実際の時に役に立たないという批判がある。では役に立つマニュアルをつくればよい。それは果たして可能であろうか。マニュアルには、地方自治体が作成するものから、各企業や病院が独自に作成するもの、そしてやはり自治体が一般家庭に配布する小冊子程度のものなどがあり、その中味にはさまざまなレベルがある。

参考HP:救急・災害医療ホ−ムペ−ジ ( http://ghd.uic.net/jp/ )(2002年現在)

  精神病理学の野田正彰は『災害救援』(岩波新書)のなかで、緊急事態時の対応についてのべている。
  「予測された緊急事態と、予測をこえた真の緊急事態の2つの緊急事態があると言える。マニュアルの作成とその否定のダイナミズムのなかに、危機への対応が作られていく」(90頁)さらに、予測と異なった事態が生じた場合にはどうするかを説いている。
  「危機においては、関係者の意思決定に至る文化が最も重要である。(中略)日ごろから、課題を達成するにあたって民主的で自発的な人間関係を作る文化を作っていなければ、危機に対応できない。例えば、駆けつけたメンバーが5人だった場合、『部長はまだか』とわめいたり、『連絡がとれない』と走り回るのではなく、まず5人が短時間に情報を交換し、自分たちが持つ能力を知り、何が出来るか方針を決めねばならない。そこでは平時の役職は意味をなさない。役職による命令とリーダーシップを混同してはならない。」(99頁)

災害時の医療体制

  災害時の医療ニーズは、時間とともに変化していくが、大きく3つに分けられる。
(1)急性期のニーズ 
急性期は、犠牲者の生命維持や救急治療等の救助作業に連動する医療である。
(2)亜急性期 
通常72時間を過ぎると、ニーズの主体は避難者の健康維持に移動する。
(3)慢性期(精神的援助とリハビリ)
災害がもたらす精神・心理的影響があり、多少に関わらずすべての被災者に精神的ケアが必要とされる。(太田宗夫、『エマージェンシー・ナーシング』新春増刊、1996)

 

災害がもたらす負傷者のストレス

  災害発生時には、救命、救助など身体的医療が優先され、被災者の精神状態の把握までは手が回らない。しかし、災害がもたらす精神的影響は、急性期のみならず長期にわたって作用するといわれている。
  病院搬入時は心理的「衝撃期」で、受傷一週間後は「反動期」に相当する。身体治療後の退院時でもストレス因子が解消されるわけではなく、今後心的外傷期を引き起こさないように精神面でのフォローの必要という。 
  災害時の精神障害に対する治療は、まず災害現場での簡単な支持的精神療法が効果的である。病院での治療は種々の身体愁訴に対する対症療法が第一であり、耐え難い疼痛や不眠、不安、悪夢にたいして鎮痛剤、睡眠導入薬などを投与することが必要である。さらに受傷後のできるだけ早い時期に、その苦しい思いを言語化させることが大切で、あわせて精神療法として、行動療法、集団療法の有効性が指摘されている。(「心理学的ストレス評価と対処行動」今泉均ほか、『日本救急医学会誌』1994)

 

トリアージと選別搬送

  トリアージは、航空機事故のような多数の傷病者を重症度により分類し、現場での応急処置ならびに搬送を効果的に行うための優先度の決定である。多数の傷病者が同時に発生した場合には、その重症度と緊急度から治療優先順位を決定しなければならない。最優先すべき患者をあとにして、手遅れになることを防ぐためのものだが、実際の現場でのトリアージ作業は容易ではない。

 

患者搬送と交通事情

  災害時の傷病者搬送には、交通渋滞や道路の遮断がつきまとい、阪神大震災でも交通渋滞が救援活動の支障となった。そのため、ヘリコプターで負傷者を搬送したという事例は、北海道南西沖地震の奥尻島があげられる。阪神大震災では、初日と2日目に重症患者がヘリコプターで搬送されたのはわずか一例ずつで、今後の課題といわれている。


災害に備えて/避難と防御のチエックリスト

  緊急時での問題、火災、洪水が起こった場合はどうしたらよいか。次に紹介するのは、アメリカ赤十字と連邦緊急災害機関が作成した、「家族を災害から守るためのチエックリスト」の主な内容である。このチエックリストを家族や友人と話し合って記入し、緊急時に備えるのである。


緊急時のチエックリスト

地域の災害本部や赤十字に確認しておくこと。

□あなたの地域ではどんな災害が起きやすいか、それにどう対処したらよいかを尋ねる。
□緊急事態には、どのような形で通報を受けるかを確認する。
□緊急事態に連絡できる係員はいるか。いる場合はそれが誰かを確認しておく。
□あなたの職場で、緊急時の対策を尋ねておく。
□子供が通っている学校の先生に、緊急時の対策プランを尋ねておく。

プランの作成

□電話の近くに緊急連絡先を掲示し、子供たちに連絡方法を教えておく。
□停電の際や怪我をした場合の応急処置を学んでおく。
□家族で車椅子を使っている人がいれば、第1出口が使えない場合を想定し、第2出口を用意しておく。
□水道、ガス、メインの電気のスイッチを消すことを学んでおく。
□緊急時での自宅からの避難方法を考えておく。
□アパートの居住者は、非常口と目印を聞いておく。
□地域の避難ルートを確かめる。
□緊急情報を聞くために、電池式のラジオを用意する。
□災害で家族が別れ別れになった場合に、地域外での集合場所や地域外の親戚や家族の連絡先を聞いておく。
□二つの集合場所を決める。
  (1)災害時の第1集合場所
  (2)災害時の第2集合場所
□家族の記録を防水または耐火ケースに納める

 

災害供給キットの用

避難場所での供給品の一覧。

備 品

□電池式ラジオ、懐中電灯、予備の電池
□緊急医薬品、処方薬、予備の眼鏡
□飲料水、水は密閉した壊れない容器にいれる。保存日を記入し、6ヵ月毎に入れ替える。
□保存食と、手で開けられる缶詰食品。
□特殊車椅子用電池、医薬品、盲動犬用の食料、その他必要な道具。
□着替え、雨具、防水靴
□毛布と寝袋
□あなたが怪我をした場合に、通知したい担当医師と家族の連絡先
□自動車の予備キー
□手動式の車椅子を近所、学校、会社に予備に置いておく。


緊急避難先

●地域の避難場所

名称
住所
電話(昼間)     (夜間)

●地域外の避難場所

名称
住所
電話(昼間)     (夜間)

●親戚

氏名
住所
電話(昼間)     (夜間)

●仕事場の連絡先



その他

●緊急連絡先

110、119などの緊急連絡先と、地域の救急病院
火災
病院

●主治医

名前    電話

●待ち合わせ場所

1.
2.

 

●避難計画

  火災などの緊急事態が起きた時、まず安全に脱出することが一番優先される。
  自分の住まいからの脱出プランを考える。住居の間取り図に、ドア、階段、家具、緊急持ちだし用具、消火器、煙感知器、縄梯子、救急箱などの位置を示す。
  少なくとも、各部屋に2ヵ所の脱出口を設ける。そして家の外での待機場所を決める。
  さらに車庫、車寄せ、階段、エレベーターなどの重要な地点も示しておく。もし住まいが2階建以上であれば、もう一枚の間取り図を用いる。この避難用プランは2年に1回ほど作り直す。

●具体的図面

  自宅の平面図を描き、そこに「通常のルート」「非常時のルート」「消火器」「煙感知器」「災害対策器具」「扉」「なわはしご」「階段」「窓」「救急箱」などの置き場所を記入しておく。

●家屋の点検

  災害時、動くもの、落ちるもの、壊れるもの、火元などが被害を大きくする。
□不完全な電線の修理、ガスもれなどの修理。
□ベッドのそばに大きな鏡などを置かない。
□床や天井のひび割れを修理しておく。
□大きなものは安全な場所に置きかえる。

・脱出する場合

  緊急時の避難場所をラジオなどで確かめる。車椅子の場合は、それが乗り入れられる場所かどうかを確認する。
□適当な衣服と丈夫な靴を準備する
□災害準備キットを持参する
□家に鍵を掛ける

・もし時間があれば

□電気、ガス、水道の栓をする
□あなたの避難先を知らせておく
□ペットについても考える。公共の避難場所に置けないことがある。

自動車に携帯するキット

□ラジオ、懐中電灯、バッテリー、道路地図
□毛布と救急箱
□ショベル
□タイヤ修理キット、ブースターケーブル、ポンプ、
□消火器
□飲料水、保存食

火災安全

□脱出口の確保
□煙感知器をつける。バッテリーは年1回取り替える
□家庭用スプリンクラーの導入
□火災が起きたら無理に消化せず、脱出してから消防に連絡する。家のなかにペットや大事な物があっても、取りに戻らない。
□ドアの底の部分に手をあて、熱く感じたら他の出口を探す。

 

救援者のためのマニュアル

  避難者用があるように、援助する側のマニュアルがある。次は救援者が被災者に行う部分である。

集合場所

  友人や家族が避難できる場所を確保する。

救援者

  救援者は特定の家族かいくつかの家族を担当する。

救援者の役割

1. 被災者に情報を提供する
2. 避難所までの輸送の手配
3. 被災者の希望を聞く
4. 家族に起こった状況を世話人に説明する
5. 家族の遺体確認に立ち合う
6. 被害者の子供の世話をする
7. 災害の被害者(外人)の通訳を手配する
8. 必要とされる金銭を渡す
9. 宿泊場所を割り当てる
10. 悲嘆を慰める

情報提供

  被災者の身内が到着したら、彼等に状況を伝える。そして彼等を宿泊場所の管理者のところに案内する係に引き継ぐ。
  世話人と援助者は、被災者名と彼等の質問、そして行方不明となった人の外見などを簡単にメモする。記録は捜索者のデータベースとなる。

被害者移送

  移送準備のため、面会者の数を示したリストを用意する。移送は、ショック状態にある多くの人のために準備する必要がある

食 料

  避難中の人に熱い飲み物や食事を手配する。これは地域のボランティアなどの協力によって行われる。

合同聞き取り調査

  災害がもたらした死者や負傷者の身元を確認するのは警察の役目である。時には、救援者によって面接が行われるが、他の救援者から同じ質問を受けなくてもすむようにする。この面接には病院の係員が参加するといい。

身元確認についての情報

  警察は死者の身元確認を行うが、関係するチームは、出来るだけ早く遺体の状態を調べ、警察や救援者を集めて、「遺体の状態や遺体確認の過程」、どれくらいの時間がかかるか、どんな情報があるかなどについて説明する。
  また身元確認に要する日数、時間、そして発見されていない遺体の情報を流さなければならない。
  これらの情報は警察や救助員によって家族にもたらされるが、身元が分からない場合にも行う。

宗教者の役割

  マニュアルには、宗教の代表者も、災害後の救援に協力しなければならないとある。
  彼らは避難先の家族や嘆きに沈んでいる遺族を慰める。また彼らは、家族の遺体との対面や葬儀の準備の手助けをする。
  宗教の代表者は、いつ葬儀や火葬が行われるかを確認しておく。

通夜の権利

  遺族は斎場の一室か安置室において、遺体との別れを行う。遺体との別れの式は、遺族の悲嘆を癒す目的で行われる。
  救援者は、遺族に遺体確認の前に遺体の状態を知らせ、遺体を見たいという家族に協力する。
  遺族は警察、葬儀社、検視官と話し合うのに長時間要することがあり、事情によっては再度出直すこともある。
  遺体の破損がひどく、遺族がそれを見るにふさわしくないと警察が判断した場合、遺体の状態を伝え、あらためて遺体確認が出来ることを知らせる。
  子供には遺体損壊の状態を見せることから守る。子供といえども、親や兄弟の死を見届ける必要があるが、これは遺体を修復してからの方がよい。大人についても、遺体を見る時期を選択できるようにする。
  子供が遺体を見るにふさわしい機会は、心理学者が教示してくれるだろう。

災害現場

  遺族に災害現場に行くことを求められたら、便宜をはかり、報道機関の取材にわずらわせないように考慮する。

 

マンション居住者のための災害マニュアル

  次に入船中央エステート自治会・防災部がつくった入船中央エステート防災マニュアルを見てみよう。これはマンションに住む者に必要な知識が具体的に書かれており、以下は緊急の対応の部分である。

 

救出や消火に際してどのような困難が予想されますか

1.(応答のない家の安否の確認)

  安否がわからない家庭が幾つか出てくると思いますが、その場合に住戸内の状況を確認するのが一番大変ではないでしょうか。ドアがロックされたままで応答がない場合に、その家が留守なのか、中で全員が家具等の下敷きになっているのかを確認することは、2階以上の住戸については難しいと思います。独り暮らしのお年寄りなどで希望する方については合い鍵を預かっておくとか、いざという時にはドアや窓を壊してでも安否を確認して欲しい旨文書で確認しておくなどという対策を、事前に取っておく必要があると思います。

2.(消火)

  おそらく断水しますので、消火も大変だと思います。各家庭にある消火器を集めて使うとか、薬剤散布用のポンプのタンクにプールの水を入れて消火に使うとかいう方法になるでしょう。

3.(避難)

  メゾネット型住宅の外階段2階踊り場部分が壊れると、避難も救出も困難になります。また、玄関扉の枠が歪んでドアが開かなくなることも予想されます。救出のために、はしごや大型のバールを用意しておく必要があると思います。

 

中部フロリダ地域の高齢者機関の災害マニュアル

  フロリダ州は高齢者が隠居するためのもっとも人気の高いところとして知られている。又一方台風などの災害があるため、ここには、災害時における対策マニュアルを作っている。それは50頁はある専門的な内容であるが、そのなかから、災害時におけるストレス管理の項目を取り上げて見たい。マニュアルには、地域のサービスプロバイダ職員は、災害にあった家族と個人に対し、加齢に加え精神的ストレスの可能性を持った人として扱うよう指示している。 次は災害の生存者が、4つの段階を経過すること示している。

第1段階

  最も強い感情の期間。緊急時、あるいはその直後に起こる。 恐れ、ショック、混乱と麻痺。一方住民は、家族、友人たちが、積極的にお互いを救助しあう役割を果たすという、共同体的意識状態にある。

第2段階

  大惨事の一週間ないし数カ月。 葛藤、無関心、心配、憂うつの感情が起こる。国や救援団体の援助が効力を果たすにつれ、回復のための期待が高まる。ボランティアの協力などにより、回復が順調であるという楽天主義と同時に、相容れない感情が表面化し始める。怒りと疑惑が信頼関係の対立する形で表面化する。短気と消化不良、食欲不振、睡眠不足、頭痛が普通になる。
  家族と友人たちから孤立し、将来に対して不安を持つ。犠牲者は残骸を掃除して、使用可能な所有物を分類し始める。

第3段階

  3番目の段階は、一般に1年まで続き、失望、憤慨、恨みの感情に特徴づけられる。政府支援の約束が果たされない。あるいは援助団体やボランティア団体が姿を消すかも知れない。この段階で犠牲者は、回復の過程で見いだしていた共同体意識の感じを失うことがある。

第4段階

  最後の段階は、数年続くことがある。 この間、災害の犠牲者は、彼らの家の再建問題、ビジネスに真剣に取り組む必要を悟る。そして彼らは次第にその任を果たす。新しい建物、新しいプログラムと計画の実行を通じて、共同体と彼らの能力と信念を再確認するようになる。このような積極的な活動が遅れている場合に現われる情緒の問題は、深刻なことがある。

 

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