1997.05
地震に備える

  日本では災害が起るたびに、その対応が遅れることは珍しくない。それは危機管理が十分になされていないこともあるが、それ以上に災害時における連絡や命令系統などシステムそのものが機能していないからであろう。まtた海外からの援助に対して、それを拒んで受け入れようとしないところがある。こんなことでは逆に海外から応援要請があっても、素早い応援が出来ないことにもなりかねない。今回は、いつ起ってもおかしくない地震災害をもう一度見直して、「危機管理」へのアプローチを試みてみた。


阪神大震災の場合

  1995年1月17日近畿地方で起きたマグニチュード7.2の直下型の地震で、神戸市や西宮市、淡路島など兵庫県を中心に、ビルなど建物多数が倒壊したほか、高速道路が崩れ落ち、各地で火災が発生した。死者5,502名(95年11月現在)、避難者数は一時期30万人という大災害であった。
  人口過密都市を直撃した大地震で、「日本の都市は地震に強い」の通説は崩れ、建物、道路、鉄道、ライフライン、情報通信網、医療機関などに被害が出た。経済企画庁の白書によると、建築物・交通基盤の被害額を約9兆6,000億円としている。
  震度6を記録した神戸市では、火災や家屋倒壊の通報が相次ぎ、市消防本部の救急車が足りず、火災の消化も近所の住民が手伝った。神戸大病院救急部には、負傷者が次々とかつぎ込まれ、廊下にまで怪我人があふれた。地震後3日間に発生した火災は200件で、火災現場で水が出ないという最悪の事態を招いた。
  家屋・建築物の損壊は20万棟、主要幹線道路は国道2号線と43号線を残してすべて不通。ライフラインである電気、水道、ガスの供給停止が広い範囲で生じた。このため神戸市の9割の病院が被害を受け、診療所の6割が診療不能となった。
  ライフラインの損害のため、病院では臨床検査が出来なかったり、患者の給食の準備ができないなどの不都合が生じた。建物の倒壊や火災の多発で、負傷者も同時多発的に発生したため、現場での負傷者の緊急性や優先を区別するトリアージもまったく行われなかった。また、電話での情報交換ができず、多数の負傷者が殺到した病院や、逆に負傷者が少ない病院というちぐはぐが生じた。

 

阪神大震災での死因

  阪神大震災の死亡者の実態をまとめた報告によると、死亡者5,488人の43.7%が65歳以上であり、その48.7%が女性であった。また死亡者の94.3%が震災当日に亡くなっている。
  死因は、96.1%が窒息・圧死である。死亡場所では4,330人が自宅、572人が病院・診療所であった。死亡日でみると、病院での死亡者は1月17日が396人、翌日以降は155人である。一方、自宅での死亡者は当日が4,219人、翌日以降が109人である。日時の経過とともに、病院での死亡者が増加していることがわかる。(資料/「厚生の指標96.1)

 

国籍及び性別にみた死亡者数

  国籍別にみると、外国人は166人(3%)で、そのうち韓国・朝鮮が108人(2%)、中国が41人(0.7%)、ブラジル人と続き、アジア系の外国人が9割を超えている。

 

時間の経過による疾病の変化

  重傷外傷患者への救急対応は優先的に処置された。3日目ごろからは、避難所生活を余儀なくされている人を中心に、怪我の再処置、風邪、肺炎、ストレスなどが訴えの中心となる。

 

救援活動

  地震発生当時、兵庫県内の被災地の警察署の当直員は2,000人、非常召集を受け、正午には県警の定員の9割を超える1万500人が救援活動に入った。神戸消防局は職員1,329人のうち、305人が勤務についており、非常召集後の11時には90%以上が職務についた。また、全国の451消防本部から延べ、32,400人の消防職員が救援に加わった。
  1月17日に兵庫県警本部に入った110番は、7,188件で震災関係が6,056件、神戸市消防局への連絡は1日で6,922件を記録した。
  自衛隊は、知事から要請されて出動することが原則であるが、緊急の場合には自衛隊法によって部隊を派遣出来る。自衛隊が派遣され、4月27日までの100日間に、延べ210万人が活動した。
  一度に多くの災害現場が生じ、交通マヒや連絡不通で救急搬送に手がまわらないのが実情で、震災当日は、組織的な協力活動がなかったが、2日目から自衛隊と警察が救出救助を行い、消防が搬送を担当するようになった。兵庫県警によれば、救助した人の数は、警察官だけで1,158人、消防や市民との協力で2,337人、合計3,495人である。

 

病院での救急医療

  地震による負傷者は、2月24日の発表では34,671人。また被災地内にある主要病院50カ所に、1月31日までに入院した患者は4,603人、被災地外の病院37カ所への入院は966人であった。被災地の病院は、手術室がある153病院のうち、60病院の手術室が使用不可能になった。また電気、水道などのライフラインの被害により、十分な医療が提供できなかったし、他の病院への患者の転送も困難であった。

 

老人ホームの人々

  神戸市では、ケアハウスも含めた39の老人ホームのうち、須磨区の養護老人ホーム・和光園が、地すべりによる倒壊の恐れが出て他の特養などに避難したりしたが、概ね老人ホームでの被害は少なかった。
  神戸市では家や介護者を失った高齢者を、老人ホームに緊急入所させたが、市外県外の施設からの受け入れの申し出もあった。1月末までに約700名が緊急に入所し、そのうち半数近くが市内施設へ入所した。

 

医療ボランティア

  アジア医師連合(AMDA)は17日午後より、緊急医療救援チームを長田区へ派遣した。2月末までに延べ1,500人の保健医療ボランティアが被災者の救援にあたった。この緊急救援活動は、フランスの緊急救援医療チームMDMを含む内外のNGOとの協同で活動が展開された。しかし、どこに医療救援に行ったらよいか、指示系統がはっきりなされていなかった。
  なお今回マスコミでも注目をうけた学生を中心としたボランティアは、地震発生から4月中旬まで、延べ人数で115万人を記録した。1日平均2万人を超えるボランティアが活動したことになり、県内1,100カ所の避難所に、1カ所あたり11人のボランティアが協力した。

 

医師不足で、火葬が遅れる

  今度の震災では、犠牲者の遺体処理でも混乱を極めた。まず死亡診断書を書く医師が極端に不足し、多くの遺体が火葬出来ない状態にあった。神戸市では、変死体などの検視を扱う監察医を政令で義務づけており、地震などの災害の死亡にも、死体検案書が必要となる。そこで警察による検視を経たうえで、医師が死体検案書を書くという手続きを経るために、遺体処理が遅れた。そこで日本法医学会に検視立ち合い医師の派遣を要請し、兵庫県内の犠牲者のうち5,000人を警察官が検視した。

 

火葬できず、傷む遺体

  神戸市内の火葬場は3カ所、遺体を焼く炉は51個。最も多い30個の炉がある北区の鵯越(ひよどりごえ)斎場は、18日から連日午前6時すぎから深夜まで、1日100体近くを火葬にした。このあわただしい作業のなかでは、ゆっくり骨上げなどが出来ないのが現状である。葬儀も行うことが出来ず、簡単な読経をすませ、火葬場に直行することがやっとということになる。合同葬を望む遺族の声も多いが、区は被災者の対応で手いっぱいといった状況。
  1月中の被災死者の火葬数は、神戸市で2,062体、最終的には3,000体を超えた。火葬したのは、兵庫県全体で3,886体、大阪府で1,195体、京都府307体、岡山県154体。遠くは、北は宮城から南は鹿児島まで遺体を移送して火葬している。
  震災の中心部では葬儀が出来る状態にないので、大阪市の葬儀会社にも葬儀の依頼が殺到した。遺体を大阪市内まで運んだが、市営斎場から「火葬は市内居住者に限る」と言われ、喪主を大阪市民にして火葬してもらった人もいる。災害救助法によると、埋火葬は災害発生から10日以内に行うと定められている。しかし、火葬先を兵庫県全域に広げても1日に300体程度が限界で、多くの遺族が遺体処理に困った。そこで被災にあった死者の火葬は2月に入っても行われた。

 

中国人の葬儀

  今回の震災で犠牲になった外国籍の人は166人であるが、そのなかの中国人留学生やその家族ら21人の追悼式が2月7日、大阪府吹田市の千里市民センターで行われた。参列者約200人が参列し家族や仲間に別れを告げた。1分間の黙とう。大学関係者や留学生団体代表の弔辞の後、菊の花が、21人の遺影に捧げられた。

 

合同葬の実施

  地震後の合同葬、追悼式は主に市町村が主催して行われた。
  1月18日 淡路島の北淡、一宮両町で合同葬儀。
  2月26日 西宮市と芦屋市との合同慰霊祭。西宮市の県立総合体育館で営まれ、遺族ら4,350人が参列。
  同日、在日本大韓民国民団主催により「阪神大震災犠牲同胞合同慰霊祭」が神戸市中央区で営まれた。
  3月5日 神戸、尼崎、宝塚の3市で、それぞれ合同慰霊祭が営まれた。神戸市の合同慰霊祭は神戸ホールで実施。会場に入りきれない人のために屋外テントを張り、ホール内外での7,600席が満席に。献花は午後7時まで受付、約11,000人が慰霊した。尼崎市では午前十時、尼崎リサーチ・インキュベーションセンターで開催。遺族ら約600人が参加。宝塚市の合同慰霊祭は御殿山の市民会館で午後1時より行われ、84人の霊を弔った。

 

葬祭費の負担

  神戸市は震災の犠牲者の遺族に、葬儀費用の一部を補助する処置を取り、4月11日から申請を受け付けた。神戸市が補助した額は、犠牲者1人につき、大人14万円、12歳未満の子供は119,000円を限度に、かかった費用を負担するというもの。

 

阪神大震災に提供された情報

  今回の地震では、これまでに見られないパソコン通信網が、情報提供に大きな役割を果たした。日本でもっとも加入者の多いニフティ・サーブでは、地震が発生した日の午後1時に地震情報コーナーが開設された。1月18日から2月2日までの16日間に100万回というアクセスがあった。
  そして最も知りたい情報は「安否情報」であった。次は、NTTが提供したインターネットに紹介された災害関連情報である。

・被災者の安否・被災地の状況
・鉄道、バスなどの交通情報
・生活にかかせない医療、水道・電力・ガス、学校・教育、金融・保険などの情報
・被災者のための相談窓口
・ボランティアの集合先や義援金・救援物資の送り先などの情報
・気象や地震観測の情報などが主なものである。そのなかで最も問い合わせの多い、「被災者の安否・被災地の状況」の項目は
・死亡者の問い合わせ先
・海外からの安否に関する問い合わせなどである。

 

避難の実態

  地震による避難生活者は、1月23日のピーク時で1,239カ所に31万9,638人が生活した。一番多く集まったのは東灘区で、120カ所に67,617人である。神戸市が避難所を閉鎖したのは8月20日で、当時まだ194カ所に6,672人が生活していた。被災者がどこに避難したかは、神戸大学の調べによると、神戸市灘区・六甲道北地区で、学校、施設などが44%、親族宅31%、知人宅10%、テントなど3%であった。
  住宅を失った人のために応急仮設住宅の建設が1月19日から発注され、夏までに48,300戸が立てられた。

 

罹災届と罹災証明

  2月7日、罹災証明申請のための申請所が神戸市内11カ所に設けられた。地震による家の損壊や焼失の被害を受けた人に、公的に「罹災証明」を認めるものである。これは各種の支援を受ける際に、提出して申請の基礎とするのである。

1. 地震保険金を受ける。
2. 火災保険の「地震火災費用」を受ける。
3. 義援金の分配を受ける。
4. 固定資産税の減免を受ける。
5. 住民税の減免を受ける。
6. 公的資金の融資を受ける。
7. 仮設住宅入居に応募する。
8. その他、被災者特別優遇策及び復興特別策を受ける。

  役所は「罹災届」に基づき調査を行い、その被害を3種に区別する。

1. 全壊または全焼
2. 半壊または半焼
3. 一部損壊または一部損焼

  混乱状能の中での現場調査のため、役所として見積もるのに困難な場面も多く出くわし、神戸市では申請者37,000件のうち、15%が再調査となった。

 

罹災証明の認定基準

◇全損(住家全壊)

  損壊、焼失、流失した床面積が70%以上、または主要構造部分の被害額がその住家の時価の50%以上程度のもの。

◇半損(住家半壊)

  損壊が甚だしいが、補修すれば再使用できる程度のもので、具体的には床面積の20%以上から70%未満をさす。

 

失った預金通帳、免許証

・健康保険証

  家族構成などを聞いて、記録と照合して再発行した。市によっては仮発行とする所もあった。

・運転免許証

  兵庫県警では、本人が行けば、4カ所の免許更新センターで即日交付された。地震から1カ月間は無料。

・預金通帳、キャッシュカード

  身分を証明できるものか、それが無い場合は、暗証番号や現金の出し入れ状況の記憶などを、記録と照合して再発行する。

・鉄道定期券

  区間や生年月日を聞き、控えと照合して再発行や払い戻しをした。阪神は払い戻しのみ。

・身障者手帳

  兵庫県では、住んでいた市区の福祉事務所で、手帳の交付証明書を発行した。大阪府内に避難した場合「手帳を持っていた」と申し出れば、車いすやショートステイの利用が可能。


義援金と配分

  全国から善意の義援金が寄せられ、95年9月までに約1,700億円が集まった。外国からは、イタリアが義援金約5,500万円、台湾から2,000万円、北朝鮮からも北朝鮮赤十字会として2,000万円が贈られた。募集委員会は、とりあえず犠牲者の遺族と家屋全半壊の世帯に10万円の義援金を支給した。
  政府は地震で死亡した被災者の遺族に、見舞金として災害弔慰金を支払う。生計維持者(世帯主)が死亡した場合は1人500万円、その家族は1人250万円で、総額は100億円を超えると見られる。
  災害弔慰金は、1993年7月の北海道南西沖地震で6億5,000万円支払われた。こちらは被災者の見舞金として1人300万円、住宅全壊400万円で、金額に大きな差がある。


生命保険金の支払い

  生命保険金の支払いは、地震は免責になるという条項はないために、各社はすみやかに災害による死者に対する保険金支払いをする方針を発表した。これまでの生命保険の支払い推計額は北海道南西沖地震の17億円が最高で、地震以外を含めても1985年の日航機御巣鷹山墜落事故の111億円が最大。今回はそれを上回り、各社の保険金支払いは、災害特約を含め480億円と史上最高となる。


損害保険

  今回の地震で地震保険に対する関心が一気に高まった。それまでは全国平均加入率は7.17%(1994年9月現在)。地震保険の掛け金は、地域の危険度に応じて4つの地域に区分されている。
  1回の地震で全保険会社を合計した支払総額が1兆8千億円を超えると、支払われる保険金額は削除されてしまう。しかも、地震保険金は原則としてローン返済に当てることになっている。

・火災保険は地震には支払われない

  地震による火災では、火災保険は支払われない。地震から数日後でも、地震が原因のガス漏れで起きた火災では支払い対象にはならない。ただし、半焼以上の場合に限り、最高で保険金額の5%、300万円を限度とした「地震火災費用保険金」が支払われる。

・地震保険は、住居につけられる

  地震保険の対象になるのは、居住用建物と家財で、住居として使用されない工場、事務所専用の建物などには、地震保険はつけられない。

・地震保険の保険金額(契約金額)は、5,000万円が限度

  地震保険の保険金額は、住居の火災保険の保険金額に対して、30%から50%の範囲内で決定する。ただし、ほかの地震保険の保険金額と合算して、建物5,000万円・家財1,000万円が限度となる。

・地震保険金の支払われる割合

  地震で建物が全損の場合、建物の地震保険金額の全額。建物が半壊の場合、保険金額の50%。建物が一部損壊の場合、5%が支払われる。

・大地震が発生した場合、地震保険金は法律によって支払われる

  地震保険は、「地震保険に関する法律」にもとづき、政府による再保険制度が導入されており、1回の地震による保険金総支払限度額は、平成7年10月19日より3兆1,000億円と定められている。したがって、よほどの大地震でもない限り、所定の地震保険金が支払われることになる。

 

資料

  阪神・淡路大震災に関する資料は、それぞれの分野から多くの資料が発行された。そのなかでも、『阪神・淡路大震災誌』朝日新聞社は、もっとも包括的なものとして推薦できる。

 

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