1989.11
エンバーミング

  9月16日から24日までの9日間、IWO会員の企画でカナダ・オンタリオ州立ハンバーカレッジにて、カナダのモーチュアリサイエンス(葬儀学)研修が行なわれた。参加者は全国の葬儀関係のプロ他14名で、今回の研修の中では斎場・霊園見学の他、エンバーミングの見学があった。今回のデスウオッチングでは、最も印象深かったエンバーミングを中心に取り上げてみた。

  アメリカではユダヤ教など特別の宗派を除いて、ほとんどの斎場ではエンバーミングが行なわれている。カナダでも同じようにエンバーミングが普及しており、葬儀デレクターの資格を取るためには、このエンバーミングの教育を最低2年受けなければならない。アメリカでは9割以上が土葬であるから、そのままの状態で埋葬するため、エンバーミングをする理由がわからないでもない。しかし最近カナダは、年々火葬率が高くなっているが、それでもエンバーミングの割合に影響が出ていない。
  どのような理由でアメリカやカナダで、それほどエンバーミングが普及したのか、そして日本でそれが普及する可能性があるかどうかを見てみたい。
  これほどに普及しているエンバーミングであるが、特に法律で義務づけられているわけではない。規制があるのは、遺体が伝染病患者である場合、そして遺体を飛行機で輸送する場合である。これは日本に遺体を持ち込んだり、運び出したりする場合も同じである。もっとも細くみてみると、アメリカの場合、州によって違いがある。コネチカット州では、遺体を州を越えて移送する場合、どんな移送手段を用いてもエンバーミングが必要である。ケンタッキー州では、どんな状況下にあってもエンバーミングを強制されることはない。コロンビア地区では伝染病による死亡の場合にエンバーミングが必要。ルイジアナ州では遺体を埋火葬するまでに30時間以上経過する場合には必要等である。もし冷蔵設備がある場合、エンバーミングされていなくとも凡そ3日間は保存できるが、エンバーミングしていない場合、48時間保存できればよいことになっている。

 

エンバーミングの定義

  エンバーミングの目的には二つある。刻々と腐敗に向かっていく遺体の消毒と保存である。これは血管内と腹部に水溶性の防腐剤を注入することで可能となる。遺体に寄生していた病原菌は、死後も生き続け、遺族などが遺体に触れた場合、感染する恐れがあるためである。エンバーミングを施した後のテストでは、2時間後には99%の微生物を除去することが出来、そうではないと微生物は繁殖したままの状態にある。

  エンバーミングの第2の目的は遺体の保存である。遺体を火葬あるいは埋葬するまでの間、腐敗や発酵、あるいは組織の分解を妨げるのである。大衆は死者の保存を重視している。なぜなら保存によって、生きている時の状態を維持することができるからである。それは細胞の維持というよりは、表面上での効果を重視したものである。したがって遺族は葬儀デレクターにどのくらい遺体が維持できるのかを聞くことはない。彼らが求めているのは、死顔の自然らしさなのである。しかしこの自然らしさを保たせるためには、分解から遺体を守らなくてはならない。このエンバーミング処理により、保存状態がよければ何年、あるいは何世紀も保存が可能である。(レーニン廟のレーニンもエンバーミングされ保存されている。もっともこのために適時処理しなおしている)しかし一般のエンバーミングの目的は、公共の保険衛生と遺族や故人の友人の死者に対する尊厳のためである。

  エンバーミングはまた、よい錯覚を与えるものである。死者がたとえ事故や、ガンや長患いで以前の見る影もない状態であったとしても、エンバーミングの技術によって、病気や事故にあう以前の、安らかな自然な死顔を作ってくれるのである。これにより死者と最後にお別れをした遺族の心には、この安らかな死顔がずっと心に思い出となって残されるのである。そうでない場合、遺族は精神的なショックを受け、それが悪影響を与える。また、死顔が見られないまま葬儀をあげた場合には、事実ではない、想像された死者の顔がいつまでも遺族の心に傷となって残るのである。

  遺体の顔は次の三つの容貌をしている。1. 醜い。2. どちらでもない。3. 安らかである。エンバーマーは、死顔をこの最後の「やすらか」な状態に仕上げることによって、遺族からプロとしての信頼が得られるのである。葬儀においては、遺体が最も中心になることを忘れてはならない。
エンバーミングは遺体の表面の何処であっても、色が悪かったり、血管の一部が詰まっていて溶液が行きわたらなかったら成功とはいえない。また皮膚の表面が余り乾燥していても自然ではないため、適度の潤いが必要とされる。

 

エンバーミングの歴史

  エンバーミングは古代エジプト文明(紀元前6000〜紀元600)の間に、およそ4億体のミイラが作られたと言われている。エジプトの法律では、その土地で死んだ者は身分の上下にかかわらず、誰もがエンバーミング(遺体保存)しなければならなかった。その理由は宗教的なものと、衛生上のものがある。宗教的には死者の魂は、肉体にいずれ帰ってくるとされ、そのためには肉体が保存されていなければならなかった。衛生上の理由では、毎年のナイル河の氾濫があげられる。河の水が埋葬されていない遺体を呑み込むと、それが原因で伝染病が発生し、より多くの死者を生むことになるからである。

  当時のエンバーミングの費用には三つのレベルがあり、高いものは17万円、中間は7万円、安いものは1万円くらいで、身分によって処理の仕方が異なっていた。高価なものは脳や内臓を体内から取り出し、酒や香料で洗って、きれいにした体内に再びオイルや香などとともに戻しておくのである。次に体を20〜70日、天然炭酸ソーダのなかに漬け、それから太陽の下に乾燥させるのである。そして最後に体を布で巻きつけるのである。2番目の方法は、杉の油を腹部に注入することが中心である。その後、遺体を約70日間、天然炭酸ソーダのなかに漬けておくのである。この間に杉の油は内臓を溶かし、エンバーミングが終わるときに油とともに排出するのである。そして遺体を乾かし、遺族に帰すのである。人口の8割を占める底階層の人々は、天然炭酸ソーダのなかに漬けておしまいである。

  古代ギリシャ、ローマ時代にはいるとエンバーミングは行なわれなかった。ヨーロッパでエンバーミングが必要になってきたのは、ルネッサンスに入ってからで、それも葬儀のためではなく医学上の必要からであった。そうした意味で、最初に名前があげられるのは、モナリザで有名なレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519)である。彼は多くの人体解剖図を描いているが、血管に防腐液を注入していたと思われる。 18世紀に入ってスコットランド人のウイリアム・ハンター博士が、遺体解剖上の必要から血管に薬品を注入。内臓はエジプト人が行なったようにワインやオイルに浸し、遺体保存を行なった。19世紀の中頃になって、防腐剤であるホルムアルデヒドが発見され、エンバーミングに大きく道を開いた。しかしこれが実際に使われたのは20世紀に入ってからである。

  エンバーミングはアメリカの南北戦争(1861〜65)時代から盛んになってきた。リンカーンの葬儀(1865)には、首都ワシントンからイリノイ州のスプリングフィールドまで葬列列車が走った。これが一般にエンバーミングを普及させるのに大きな効果があった。また南北戦争で死んだ遺体を故郷へ送り届けるために、エンバーミングが盛んに行なわれた。
  南北戦争で戦死した遺体をエンバーミングしたのはトーマス・ホームズ博士で、彼は一体当たり100ドルでエンバーミングを行ない、その間4,028体処理したと記録されている。この戦争の後、再びエンバーミングの習慣がすたれることになる。その理由は、需要がなかったことと、それをする技術者がいなかったことがあげられる。従って当時の多くの葬儀屋は、腐敗を防ぐために氷を入れたり、大きな金属製の棺にたくさんの氷を入れて腐敗を防いでいたのである。そこで遠くに移送するのは不可能であるため、死亡地の近くに埋葬されるケースが多かった。

  棺会社のジョセフ・クラークはシンシナティの医学校のスタッフに働きかけて、エンバーミングの短期コースを作ることにこぎつけた。1882年のことである。これがアメリカでの葬儀教育の基礎となった。
  また住民が都市に住むようになって、遺体を家の客間に安置するケースから、葬儀社が客間を提供しそこで最後のお別れをするようになった。それが今日のアメリカ、カナダでの斎場の基礎になっている。

  かつては、たかだか50年ほど前までは葬儀社お抱えのエンバルマーが、個人の家を訪れ、そこでエンバーミングを施していた。当時はエンバーミングといっても、腹部と胸部に防腐液を注入していたにすぎなかった。
次に頭蓋に防腐液を注入するプロセスが生まれた。しかしまだ血液を抜き取るまでには至らず、不完全なものであった。そして血液の中に薬品を注入して、血液と入れ替えるという、今日のエンバーミングが完成したのである。

  何といってもエンバーミングが普及したのは、エンバーミングの薬品にホルムアルデヒドが用いられてからである。薬品会社の販売員は全国を周り、各地で2日位の講習会を開き、それを修得するとエンバーミングをする資格が与えられたのである。こうしてエンバーミングが可能な人が沢山生まれたのである。しかしエンバーミングが普及するにつれ、大学でのエンバーミングの教育メソッドが整備されていき、現在では最低2年間の過程を経て、公の試験を受けないとエンバーミングの資格が得られないほどの高水準となっている。

 

エンバーミングのプロセス

  今回の研修ではエンバーミングの見学が目的の一つとなっている。エンバーミングの所要時間は3時間、料金は材料費、人件費込みで100ドル、約12,000円と大変安いのに驚かされる。

エンバーミング実習/ 死因=アルコールによる肝硬変。死後2日経過。77歳、男性

  エンバーミングの過程は、遺体を消毒、保存、復元することである。そのため首、腋、股のいづれかの動脈から薬品(フォルマリン:ホルムアルデヒドを水に溶かしたもの)を注入して、死者の血液と入れ替える。

(1)洗浄/水と薬品で全身を消毒する。耳・肛門・膣などに消毒剤を浸した綿を詰める。作業中はずっと水で遺体を洗浄している。
(2)薬品が入りやすいように、血管を広げるため、全身マッサージを行なう。
(3)腹に溜まっている水を出す作業。メスを腹に刺し、腹を押さえて腹水を出す。
(4)薬品調合/体の状態によって動脈に注入する薬品の調合割合が変る。調合した薬品を注入器のなかに入れる。この機械は心臓の鼓動のリズムを響かせながら、薬品を注入していく。
(5)遺体の髭を剃る。また爪を切り、鼻孔を脱脂綿で拭く。
(6)まぶたが開かないように、プラスチック製の器具をまぶたの裏にいれる。
(7)肺に溜まっている水を出す。
(8)上顎と下顎に糸をかけて口が開かないように縫う。次に薄い歯型を入れ、その上に脱脂綿を敷き、さらにワセリンを塗って、皮膚の乾燥を防ぐ。
(9)動脈の摘出。首の右のつけねの一部を切り開いて、奥にある頸動脈を掴み出す。次に血管が引っ込まないように棒で支える。次に静脈を取り出し、同じようにする。動脈の血管を縦に切り開き、そこから管を差し込んで、動脈液を注入する。その際液が回りやすいように、遺体をマッサージする。
(10)静脈を切り、血液が流出しないように糸で結んでおく。次に動脈液を注入してから、液の圧力で血液を静脈から押し出す。このようにして、全身の血液を交換する。この場合、血管が詰まって薬品の注入が不可能の場合、別の位置の動脈が使用される。
(11)次に内臓の処理に当たる。これには、特殊な器具(トロカー)を臍の気持ち右上の部分から差し込み、各臓器の水分を吸い出すのである。その順序は、膀胱、盲腸、肝臓、右ろく膜、左ろく膜、胃、そして結腸である。内臓の部分は腐敗しやすく、700〜900グラムの流動物が、腹部からホースを通って流し口に排出される。
(12)全身の処理を終えてから、胴体を白のビニールで包み、続いて顔のメーキャップを行なう。顔の色は斎場にある照明の明るさを想定して塗る。またメークの終わったあと、まつげなども黒く塗る。
(13)斎場に遺体を運んでから、服を着せ棺の中に入れ終了。

  遺体解剖がなされた遺体のエンバーミング処理の場合、内臓がすでにバラバラなっているので、エンバーミングの処理が複雑になる。まず内臓を取り出し、ホルマリンの液に漬ける。
  一方血液の交換は、血管自体が分断されているため、頭部と、下半身と、それぞれの血管から薬品を入れる作業を行なう。その後内臓を体内に戻し、乾燥剤を混入してから、皮膚を縫い合わせて完成させるのである。列車事故などで体がバラバラになっている遺体の処理も複雑で、時には10時間以上かかるという。なおエイズ患者の場合にも、感染に万全の注意をするほかは、同じようにエンバーミングが行なわれる。

●作業室

  アメリカやカナダの斎場では、エンバーミング用の部屋が設けられている。その場所は遺体が外から運び込まれるのに便利なように、車庫や裏の入口に接している。

●エンバーミングに使用する薬品

エンバーミングの薬品には三つの種類がある。
(1)動脈液、(2)注入前液、(3)腔液

(1)動脈液は動脈に注入して、細胞組織が保存されるようにする。動脈液に用いる薬品は大体同じものであるが、遺体の状態によって多少配合の割合が異なってくる。主な成分はホルムアルデヒドと凝固剤である。

(2)注入前液は文字どおり、動脈液を血管に注入する前に、血液の通りをよくするもの。成分には溶剤として、反凝固剤(クエン酸塩、シュウ酸塩、フッ化物、カリシュウム隔離剤)など。

(3)ホルムアルデヒド、石炭酸、凝固剤、皮膚浸透剤など。

 

エンバーミングの現状と未来

  アメリカは9割以上が土葬であるから、エンバーミングが普及していてもおかしくないという。しかしカナダの場合、5割近くが火葬であるにもかかわらず、ほとんどがエンバーミングを行なっている。イギリスの場合、火葬が8割であるが、エンバーミングが徐々に普及してきており、斎場でも遺族にそれを勧めているという。カトリックでは教義のうえからは、オープンカスケット(棺を開いて遺体を見せる)を推薦しているわけではないから、エンバーミングはあくまで、葬儀会社が独自に築きあげた技術習慣といえる。

  ハンバーカレッジの葬儀コースに在籍していた日系人が、日本ではエンバーミングの習慣がないことに、とても驚いていた、まるで非常に野蛮な国であるかのように。生まれつきエンバーミングのある国に生まれ育つとそんな感想を抱くものである。日本もこれから国際化の波をますます受けていき、日本に来た外国人がその遺体をエンバーミングする機会が増えてくると思われる。もちろん、それが日本の習慣になるとは思われない。しかし葬儀に携わるプロとしては、エンバーミングについての多少の知識は必要になるであろう。


(資料:「エンバーミングの理論と実施」L.G.フレデリック)

 

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