1988.02
末期老人看護入門

闘病に勝ち抜くために

  現代では大部分の人が病院で「死」をむかえています。そのため多くの家族は、死を病室の外でかろうじて知ることができるのみです。しかし病気のなかには、何年もの間入院をして、家族ともども闘病のために精力を費やしてしまう例も多く聞かれます。老人の介護は、肉体面だけではなく心理面でも大変に難しいものとされています。末期患者になりますと、死にまつわる不安や苦悩が、看護をする人に心理的負担をかけているのが現実です。
  看護の経験のない個人が老人を看護することは、何をしたらよいかわからないため、必要以上に不安を感じたりします。そこで今回の『デスウオッテング』では、寝たきり老人や、末期の老人を抱えている家族の者が、家庭を中心にどのような病人の介護をしていったら良いかをまとめてみました。また病人といっても、個人差があるため、まず自分が看る病人のことを知る必要があります。そこで次のような簡単なノートを作ることをご提案します。

 

看護ノートの勧め

それは例えば次のような、5つの項目から成っています。入院中の場合、はじめに入院日、担当医師名、看護婦名、同室者名などの欄を設けます。次に毎日以下のような項目を設けて、回数や時間などを記入しておきます。

1. 入浴について
2. 几着替えや洗濯について
3. 食事について a=時間、b=食欲
4. 排尿について トイレか尿器かオムツによっても違います。

その他、点滴の開始、終了時間、食べたいものとか、して欲しいこと、伝えたいことなど、見舞い人氏名の欄を設けて、毎日記録しておけば、手伝いの人との引き継ぎなどにも、大変に役に立つと思われます。

 

老人と看護婦の心の差

家族の者が病人を看護する際に、大切な要素となるのが心の触れあいです。病人と看護婦との間での、心の触れあいに関して調査した結果があります。これは国立療養所研究班が行ったもので、臨床看護場面で心の触れあいを得るための項目について調査したものです。
これは看護婦366名、対象患者167名(重傷)に対し、それぞれ病人と看護婦の触れあいを得るために何を実施してほしいかとのアンケート結果です。これによりますと、病人が望む第一番の事柄は
「便、尿器の世話をいやな顔をせず、すぐ後始末をしてくれたとき」(80%)、
以下
「何回ブザーを押しても、快く聞いてくれたり、来てくれたとき」(67%)
「いつも自分の病気を気に掛けてくれたことがわかったとき」(65%)
「頼んだことがすぐ出来ないときは、忘れずに、あとでしてくれた」(56%)
と答えています。
これに対して看護婦の回答では、
一番は患者と同じ回答で81%。
以下
「不安でさみしいとき、そばに付いてくれたり、来てくれたとき」(61%)
「身体がえらいとき、背中をさすったり、足・腰に手を入れて楽にしてくれた(52%)と、このように病人と看護婦との間に、立場の違いから異なった回答を得ています。

(資料:A.デーケン編『死を看取る』第2章「日本人の死」深津要より)

 

末期ガン患者の救い

「もしあなたが末期ガン患者になったら何が最も救いとなるか」というアンケート結果では、一番多かったのは
一般の人で 「残った仕事を精一杯行うこと」(64.3%)、
宗教家では「信仰・来世への希望」(85.5%)、
医者、看護婦では「家族・友人の励まし」(75.8%)となっています。

(原義雄『ホスピスケア』メヂカルフレンド社)

 

自己閉鎖のタイプが目立つ

お年寄りの病人をケアするに当たって、まずその老人の心とからだの状況を十分に知る必要があります。 まず老人の一般的な心理的特性を見てみましょう。

・家族が面倒を見てくれない
・自分を邪魔者扱いしている・自分はやっかい者だが、世間の手前嫁も一応義理から面倒を見ている
・孫たちが寄り付かなくなったのは息子や嫁たちが遠ざけているから

など、自己閉鎖的な型が多く、外交的で活動的なタイプは少ないようです。
では実際問題として、次のような態度が特徴として見られます。

・態度が反抗的・自分の考えとは逆を言う
・自分の経歴を極端に卑下するか誇張して語る
・人によってガラッと態度を変える
・相手の心を巧みに見抜き、それを口に出す
・自分は他の老人とは違うと頑張る。

 

ブザーを押して触れあいを

老人は特に寂しがり屋で、家族や友人の真心を求めています。入院中の患者はさみしさを紛らせるために、時間外にブザーを押して看護婦を呼んだりするすることもあります。そのための口実として「さみしい」ではいけないので、身体の痛みなどを訴えた方が効果的であるということをすぐに悟るそうです。

 

老人の病人に接する3つのポイント

・ゆっくりとわかりやすく話す
・大事なことは繰り返し伝える
・理解できたかどうかを確かめる

 

室内の整理整頓から

病人のいる部屋や入院中の老人のベットの回りは、とかく乱雑になりがちです。そこで枕元やベットの下、床頭台にあるお見舞いの品や本、衣類などを整理整頓をします。これは衛生や機能性などからみて老人患者ケアの第一歩といえます。

 

身繕いのお手伝い

女性の場合、髪はなるべく短くカットするのが衛生的です。これは気分の良いときなどに行います。男性は毎朝のヒゲ刺りを、電気カミソリなどで自分で行うようにしてもらいます。頭はお湯を使うときなどに拭きます。そのさいお湯にアルコールを1滴おとすとさっばりします。洗髪は月に1、2回。肩の下に枕などをかって頭を高くし、ビニールを敷き詰めれば寝たきりでもできます。
浴室では、湯上がり口の所に大きなバスタオルを敷いて寝かせ、頭だけを風呂場に出し、流し場で洗うと、お湯も多く使え楽に洗えます。洗うときは暖かい日がよく、時にはドライヤーで乾かす配慮も必要です。

 

着替え

寝巻きの着替えは、片袖を先に通し、今度反対側に向きを変えて、背中の下に手を差し込んで寝巻きを通します。着物は前が開いたり、寝返り動作のときも不適当ですから、パジャマのような木綿で、上下に別れているものが適当です。また老人は重ね着をしますが、発汗を誘うし、不衛生ですので、なるべく下着は少なくさせます。

 

布団/シーツは大きめを

布団は予備を備え、陽に干しては交替に使います。寝具を敷くときには、布団のうえにご飯粒や髪の毛がないかを調べ、シーツにしわがよらないようほピーンと張ります。しわは床ずれの原因になるといいます。そのためシーツは、綾織など表面に凹凸のあるものや小さいものは避けて、平織の大きめのものが良いでしょう。

 

洗面/目やにからふきます

洗面は動けなくても、本人にできる間は布団のうえにビニールなどを敷いてしていただきますが、駄目な場合にはまずお湯に着けた脱脂綿で目やにをふきとってから、顔を拭きます。次に入歯を外して洗い、またはめます。うがいも口のなかに水を含ます程度でも、さっばりいたします。爪は指先を暑いタオルでしばらく包んだあとですと、少し柔らかくなり切りやすくなります。

 

床ずれはマットで防げます

長患いで同じ姿勢で長く寝ていますと、身体の一部分に圧迫を加え、どうしても床ずれができやすくなります。特に、老人の場合には血管が老化しているため出来るのが早く、回復が遅いといえます。高齢者の場合、床ずれがひどくなってきますと、皮膚が破れやすく、足、腰、背骨など、隆起して布団に触れやすい点で起ります。床ずれの一番出来やすい場所は、背骨の一番下の仙骨の当たりで、これを予防するために身体を横にしたり、血液の循環を良くするために静かにマッサージします。またくるぶし、かかとなどの床ずれには、スポンジをあてて圧迫を和らげます。もし床ずれがひどくなり傷口が破れてしまったら、消毒や治療の方法を医師に相談して、化膿しないようにします。また床ずれ予防のための「エアーマットレス」が市販されています。これはゴムの袋のなかに空気を送り込み、マットとして使うもので、通風管の空気によってマットを膨張させたり、収縮させたりするものです。これを使用しますと突起した部分の圧力が回りに分散され、床ずれができにくくなります。また布団を常に乾いた状態にしておくことや、汗をかいた寝巻を取り替えることも、床ずれ防止に役立ちます。

 

寝たきりのシーツ交換は

シーツの交換も、寝たきり老人のシーツの場合には、一寸したテクニックが必要です。まず寝ている人を横臥位にします。ベットの場合には落ちないように、サイドから身体で支えながら、まず病人の背中側にあ
るシーツを身体の下あたりまで巻いておきます。次に新しいシーツを半分敷き変え、残りは巻いたままにしておきます。次は病人を新しいシーツを敷いた側に仰向けに倒します。介護者は今度ベッドの反対側に回り、病人を反対側に横臥位にします。それから汚れたシーツを取除き、新しいシーツの巻いてある部分を伸ばして敷きます。

 

排泄の介護について

最も望ましいのはトイレの使用です。介助歩行が出来れば、トイレまで歩くことはとても良い運動になります。1日に7、8回の往復でも、1か月すると2〜300回の往復となります。

 

●腰掛け便器

オムツを使用するのは最悪の場合ですが、便器、尿器のあとは、腰掛け便器の使用がふえてきます。腰掛けトイレは別名「ポータブルトイレ」といって、トイレまで歩けない人には必要性の高いものです。設置場所も自由なので、多くの家庭で使用されています。但し、やや安定性にかけ、トイレごと転倒してしまったり、夜間けとばしてしまうなどのアクシデントもありますので注意したいものです。

●タンスを手摺がわりに

病人は足腰が安定していません。そこで腰掛けトイレを使うときには、タンスの取っ手や引き出しを少し出して、そこに捕まってトイレに座るという方法もあります。定価は6,300円から5万円のものまであります。

●オムツ

・近くに人がいない
・いやな顔をされる
・手荒に処置される
・使用後の処置が出来ない
などの理由から、病人の排泄方法にオムツ利用をするケースが多く見られます。オムツ交換の時には、取り替えた途端に排泄する場合があるので、注意が必要です。また便が出ていたら、湯できれいに拭いたあとで、陰部やお尻に、刺激の少ないオリーブ油などを塗っておくと、尿が直接肌につかないためオムツかぶれの予防となります。
大人のオムツは、木綿の並幅布で、90センチ以上の長さがあったほうが使いやすいでしょう。オムツカバーは、市販されています。

●オムツ代

紙オムツは1枚90円計算で1日20枚として1,800円、月に5、6万円の負担がかかります。

●便秘/軽いうちに処置を

歳を取ると腸の機能の低下、運動不足、あるいは排泄の世話になるのがいやなどの条件が重なって、便秘になる人が多いようです。軽い便秘なら洗腸や下剤の使用ですみますが、宿便などを取除くためには、ゴム手袋をして行う必要もでてきます。そうした場合には、ゴム手袋の指先に、できればグリセリンを塗ってから作業をしますと、肛門を傷付けることを防ぐことができます。

●入院時にいくらかかるか

医療保険にはいっていたり、健康手帳を持っていたとしても、入院には差額ヘッドと付き添い婦の費用が心配です。差額ベットの費用は平均1日約3,000円と、付き添い婦が1日7,000円から9,000円で、月40万はかかるといわれています。この場合、完全看護(基準看護)承認の病院では家族以外の付き添いは認められていませんが、基準看護をしていない病院では付き添い婦に依頼することができます。なおその支払いに対し、保険で定められた看護料金と、実際に支払った分との差額の助成が受けられます。
 厚生省では、差額ベット代は個室または2人部屋に限り、3人以上の部屋は徴収しないよう指導しています。しかし私立病院などでは、3人以上の部屋でも差額ベット料を徴収しているのが現状です。

 

文献案内

●『高齢者のための生活用品読本』 望月彬也 同時代社
一人暮しや、寝たきりの老人には不便な生活も、一寸した生活用品で暮しやすくなる。わかりやすいイラストで解説しています。

●『老人上・下』 田中多聞 NHK
NHKTVの「今日の健康」で寝たきり老人が、放送されました。本書はそれをきっかけに生れたもの。
(上)は老人のからだと心、(下)は老人の看護の実際がまとめられています。

●『お年寄りと暮らす』 阿部初枝 筑摩書房円

●『老人の看護をした主婦の話』 式田和子 文化出版局
「くらしの会」が、実際にお年寄りの介護にあたっている人の声を50テーマごとにまとめたもの。

●『死を看取る』 Aデーケン編 メディカルフレンド社
『死の準備教育』シリーズの1冊で、死にゆく人とそのケアが、多面的に取り上げられています。

●『ハンドブック老年学』 長谷川和夫・那須宗一編 岩崎学術出版社、15,000円

●『実年生活百科87年』 島田次雄編 実業之日本社


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